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帽子屋と白兎

MH+WR

クッキーを紅茶に浸して、白兎は柔らかくなったクッキーを唇で崩して食べた。
お気に入りのクッキーと紅茶、邪魔者は居ない。組んだ足がゆらゆら揺れる。
茶会の大きな机に何時もの騒がしさは無かった。
毎日のように来る三月兎は諸用で出掛けているし、時折訪れる眠り鼠は未だに眠っている。気紛れなチェシャ猫は海に現れたらしいから、森には居ない。
二人きりの茶会は寂しい気もするが、帽子屋を独占出来て白兎は好きだ。
日差しが暖かくて明るい庭、穏やかな会話。帽子屋と過ごすゆっくりした時間が白兎は好きだ。
「おみやげ用に焼いたのを、冷ましていますから」
礼を言って、今度材料を運ばせる事を約束する。
最近陳情に来た狂ったトカゲの話をする。帽子屋は時折笑みを零し相槌を打つ。
「時計兎が楽しくお仕事をしていて、嬉しいです」
帽子屋は仕事をしていない。茶会仲間の三月兎ですら、仕事をしているのに。
菓子や茶を振る舞う事はあっても、三月兎のように呼ばれて振る舞う事はしない。
「でも帽子屋は茶会の主催者だろう」
「引き篭もっているだけですよ」
屋敷から離れる事は殆ど無い。帽子屋と他の者との明確な差だ。
城に気軽に来ても良いのに、と呟く白兎に帽子屋は緩く微笑むだけだった。


クッキーがたっぷり詰まった瓶を抱えて帽子屋を見上げる。
靴底の厚さで誤魔化しても、帽子屋に近付けない。幼い頃は少し高いだけだったのに。
「また、何時でも来て下さいね」
「クッキーが無くなる頃には来る」
「ダイヤ様に見付からないように出るのは大変ですから、無理しないで下さい」
頷いて白兎は長い耳を揺らす。
帽子屋と別れるのは名残惜しいが、帰らないと晩餐に間に合わない。
木戸を抜けて、振り返る。
帽子屋が小さく手を振った。
見送ってくれた嬉しさに手を振り返して、森に入った。
主が居なくても森は簡単に白兎を呑み込む。
客が居なくなった庭は寂しさに沈んで見えた。
END