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三月兎x帽子屋
MRxMH
大勢の来客が重なって、茶会用の作り置きの菓子が尽きてしまった。
慌ててケーキを焼いたりしたが、付け焼刃だったようだ。
「マッド、ちょっと計量カップ取って」
「あ、砂糖を」
帽子屋の言葉が終わる前に瓶が渡される。
代わりに計量カップを三月兎に渡して、手際の良さに一瞬見惚れた。
「どうした?」
「いえ、沢山作る時はマーチの方がずっと上手にやると思って」
そうか、と笑う三月兎に帽子屋もつられて笑う。
逸れる眼も帽子屋の手元や周囲の物に滑って、泡立て機に手が伸びた。
「餓鬼三人育てたからな。お前は比較的静かだったが、腹減ると拗ねるし」
今では外見では歳の差が解らなくなってしまった。
幼い頃の事を言われるとむず痒い。
「昔の事じゃないですか」
「あの頃はお前等の空腹管理だけで良かったのにな」
クスクスと笑う三月兎を帽子屋が睨む。
慌ててからかった事を謝って、手早く生地を混ぜた。
チェシャ猫はだいぶ捻じ曲がった性格になったし、白兎は未だに反抗期だ。
自分よりも背が高くなった帽子屋に優しい瞳を向けて、三月兎は内心溜息を吐いた。
「俺よりもマッドの方が楽しそうに作る。俺は作業だ」
「でも、マーチのお菓子も食事も美味しいです」
「マッドが好きな味なら最高だ。俺はマッドの味の方が好きなんだが?」
偽りない真直ぐな視線から逃げて、帽子屋は頬を薄く赤に染め俯く。
「今晩の食事は僕が作りますから、食べていって下さい」
嬉しさを隠さない三月兎に、菓子作りを手伝ってくれたお礼だと言い訳する。
「俺の為にマッドが夕食を作ってくれるんだ。どんな理由でも嬉しいよ」
睦言を囁くように甘い三月兎の声に帽子屋は篭りそうになる熱を溜息と共に吐き出した。
きっと、他のヒトにも言っているんだ。
「食べたら帰って下さいよ」
「片付けくらいさせろよ」
適当な理由で泊まっていくに違いない。翌朝起きる時には帰ってしまってるんだろうけれど。
「あれ、マフィンカップは未だあるか?」
クッキー生地は少し放置なんだろう。棚を開けて首を傾げる三月兎に帽子屋も首を傾ぐ。
「そこにありませんか?」
「もっと固いカップがあっただろ」
言われて思い出す。以前、三月兎がカップケーキを作った時に使った柄が豊富な紙カップの事だ。
机に並ぶと華やかで楽しくなる、帽子屋のお気に入りだ。
あのケーキは美味しかった、と期待しながら在庫の記憶を探す。
「あるなら倉庫だと思いますけど、ちょっと自信が……」
三月兎は探してくる、と前掛けを外して隣室に行ってしまった。
勝手知ったる帽子屋の館だが、圧倒的な行動力に申し訳なくなる。
もっと早く自分が動いていれば、わざわざ探しに行かせる事なんてなかった。
戻ってきて謝れば、きっと悲しい顔をさせてしまう。ありがとうと言う心の準備をしながら、砂糖を篩った。
残り少なくなっていた色取り取りのカップは一色ずつを残して全部使ってしまった。
それでも帽子屋はお気に入りのカップに美味しいケーキが乗っていて、機嫌が良い。
真白のカップで残りの生地を入れて作ったが、結局は白いカップの方が多くなってしまった。
白いカップで粗熱を取って味見と称して三月兎と分け合う。
後でゆっくり大事に食べていこうと思っていたのに、三月兎に唆されて温かい内にもう一つ食べてしまった。
積み重ねた網棚にはクッキーやカップケーキが積まれている。
鍋の様子を見ながら傍らのそれをちらりと見て、帽子屋は嬉しさに微笑んだ。
甘いものが嫌いな帽子屋が作るのは自分が食べられない菓子ばかりだ。
早くに作ったクッキーを瓶に入れる三月兎の機嫌も良い。帽子屋の料理は格別だ。
「マッド、ディナーのデザートは俺が作ろう。なにが良い?」
問われて帽子屋は悩む。好きなメニューは幾らでもある。
「ゼリー、かな。この前、果物を貰ったので使って下さい」
倉庫で見たらしい三月兎は頷いて、器を物色する。
「お前に新鮮な果実は勿体無い」
喉で笑われて帽子屋は拗ねる。確かに使い道に困って、乾燥させたりして菓子に使ってしまう。
三月兎のように見目が綺麗な菓子を作るのは苦手だ。
「残りでタルトでも焼きたいが、今日はもう作り飽きたな」
タルトと言われ、その手もあったかと帽子屋は思う。
「客が集まるなら大きなタルトを焼くんだがな」
「あれだけ揃うのは暫く無いでしょうね」
三月兎は頷いて、透明な硝子の器を幾つか取り出す。
既に彼の頭の中にはキラキラしたゼリーの構想があるのだろう。
久しぶりのお気に入りのカップケーキのお礼のつもりで夕食を作っているのに、デザートの楽しみが出来てしまった。
「貰ってばかりだ」
三月兎が果物を取りに行っている間にぽつりと呟く。
育てて貰い、一緒に茶会を開催する。皆は帽子屋の料理こそ一番だと言うが、帽子屋は三月兎の方がと思っている。
はふう、と溜息を吐いて眼の前の料理に集中する。
「僕に出来る事は少ないもの」
戻ってきた三月兎に聞き咎められて、珈琲を強請られた。
「俺の珈琲を淹れられるのはマッドだけ」
「僕の紅茶を淹れられるのはマーチだけですけど」
お互い様だと言えば、三月兎は柔らかく微笑む。
「自分の出来る事を知っているのは大切な事だ。飛べないくせに屋根から跳ぶ馬鹿も居る」
時計兎から聞いた事件の一つだ。
訴えは飛べない事に対するもので時計兎はイカれてる時間の浪費と称していた。
「無茶も悪くないが、マッドに無理はして欲しくない。する必要だって無いしな」
未だに僕はマーチから離れられない。皆、バラバラに一人で生活しているのに、僕は未だマーチの優しさが欲しい。
そんな僕だから、マーチの眼帯を外せない。
「今出来る事は?」
「マーチに美味しい夕食を饗す事」
楽しみにしてると笑顔を見せ、三月兎は鮮やかな手並みで果物の処理を始めた。
端の小さくなったオレンジを味見し、帽子屋にも食べさせる。
三月兎の手から食したオレンジは酸味が強く、甘みが爽やかさに抜ける。
「これならゼリーを少し甘めにしても大丈夫そうだな」
「そうですね。林檎を潰して混ぜても良さそうです」
帽子屋の提案に頷いて使いかけの林檎に眼を向ける。
味の創意は失敗の多い三月兎に比べて帽子屋の方が上だが、飾り立てるのは三月兎の方が上だ。
帽子屋が離せない手元から視線を三月兎の下へやると、構図の試しに果物が花のように広がっていた。
「林檎は少しなんですね」
「だから絞って混ぜても良いが、迷ってる。別に林檎のゼリーを作って崩して盛っても良い」
「その方が僕は食べやすそうです」
頷いて思案を巡らせる三月兎は楽しそうだ。
芸が無い料理で申し訳ないが、余裕が出来たら珈琲に合う菓子を考えよう、と帽子屋は思った。