橙の夕夜

トーキ、シロ、ミドリ

「新年」

 家中の掃除は骨が折れる。無事に終えて新年を迎えたは良いものの、新年の準備は出来なかった。
「どうせ俺だけだしな」
重箱に縁起物を詰める必要も、親族を訪ねる必要も無い。
 袢纏を羽織り、こたつに入っている燈輝は机に頬をつけてまどろんでいた。緑猫は一時屋外に出ていたが、傍らで丸くなって眠っている。
「新年早々怠惰ですね」
喰ってやりましょうか、と白橙は溜息混じりに蜜柑を入れた籠を置いた。両脇の長い髪を流して座り、こたつに入る。出来ないだろ、と机に寝たまま欠伸を噛み殺す燈輝の足を軽く蹴って、蜜柑を剥いた。
 育て親が亡くなって閉めた寺に人気は無い。町外れの小さな寺でも、昔は初詣に来る人が居た。今日は閉じていると解るように、それでも墓地への道は開けるように門の小さな戸しか開けていない。
 燈輝は過去を思い出しつつ、瞼を閉じる。
「シロ、明日は出掛ける。貴慈の家に挨拶に行って、必要なら手伝ってくるから」
幼馴染の家も寺で、あちらは大きく今でも交流は続いている。親族の居ない燈輝の中では一番それに近い存在だ。
「私も行く必要があるんですか」
「好きにしろ。いや、勘違いするヤツが居ないか見つつ留守番しろ」
貴慈が苦手な白橙は少しだけ眼を細めた。
 軽く大きな猫の背を叩くと尾が振り払う。
「どうせミドリも寒いから出ないだろ」
起きて聞いているから放っておいてくれ、とばかりに腕を尾で叩かれた。
「残りの皆で向こうのを狩ってくる。お前等は未だそこまで腹減ってないよな」
二人は明後日以降、と言えば緑猫は尾を揺らすだけで再び眠る。
 しかし、白橙は少し不満気だ。狐の瞳が研いだ後のように鋭い。
「飢えていないからといって、空腹でないとは限りませんよ」
「明後日出なければ喰わせてやるから」
顔を少し上げて視線を合わせ、無言の応酬が暫く続き、白橙が折れた。燈輝の血液の味を思い出して、腹が減る。下手な食事より、ずっと良い。
 頬骨からこめかみに指を滑らせて、額へ髪の生え際を辿る。眠そうな明るい緑の瞳を眩しそうに細めて溜息を吐いた。
「一口くらい、くれたって良いでしょう」
「後で、な」
吐息に薄く混じる精気に食欲が頭を擡げる。誘われるまま唇に指を動かせば噛まれた。
(後でだって言っただろ)
明日、私が出なければ喰える。


 簡単な口約束の揚げ足を取って、美味しく頂かれるのはまた別の話。
END