橙の夕夜
トーキ、ミドリ
「屋上」
天気が良いからと屋上で歴史の授業をサボる。屋上から一つ高い所に登って寝っ転がった燈輝は欠伸を噛み締めた。その眼元にふわりと影が覆い、燈輝はニヤリと口端を上げる。
「トーキ、またサボりかよ」
留年するぞと、緑猫は牙を剥き出して笑った。深緑色の艶やかな毛並みは美しいが、豹のように大きい妖猫で威圧感があった。シキになる前から燈輝と共に居て、未だ掌に乗る程小さかった頃から燈輝と一緒に居る。
「そう言いながら日陰を作ってくれるんだな」
瞼を閉じて笑う燈輝に緑猫は不服そうに尾を揺らす。
「昼になったら起こしてくれ」
直ぐに眠ってしまった燈輝を暫く燈輝を眺め、頭を下すと眠ってしまった。
日向の暖かさと夢にまどろんでいたが、不意に左手が痛んで燈輝は跳ね起きた。文句を言う前に周囲の空気に眉を顰める。緑猫も何時の間にか起きて低く喉を鳴らして警戒していた。
「ただの餓鬼だ、逸るな」
学校は悪意が溜まり易い。ミドリが出たままだったから来たんだろう。
燈輝はゆっくりと立ち上がると緑猫の気を鎮めようとそっと撫でる。
「お前が殺気立つと目立つ」
叱る文句だが、声は機嫌が良さそうだ。学校では本来の髪を隠し、授業をサボる不良だが静かに生活している。しかし狩りは嫌いじゃない。呆れられる程度に喧嘩っ早いのは事実だ。売られた喧嘩は買う。周囲の気配を探りながら燈輝はニヤリと笑う。
「静かに喰えよ、ミドリ」
緑猫は燈輝の手に頭を擦りつけて山吹色の瞳を細めた。唸っていた時は獰猛で黒い豹のようにも見えたが、こうして甘えていると大きな猫にしか見えない。
緑猫の気が緩んだからか姿を見せていなかった餓鬼が現れる。黒い靄が小さな鬼の様な姿を取っていた。学校で人の悪意が溜まった事により発生したから人型なのだろう、と燈輝は考えていた。しかし彼等の成り立ちなど本当は定かではないし、燈輝にとってどうでも良い事だ。
「三匹か。濃いが少ねェな」
気配からも他に隠れている餓鬼は居ないようだ。燈輝が軽く緑猫の背を叩くと猫は大きく走り出す。走り抜けた風で燈輝の化繊の黒髪が揺れる。あっという間に跳びかかった餓鬼が牙に貫かれて咥えられた。怖気づいた餓鬼が前足に踏まれて爪に掛かる。一匹は逃げ始めていたが、緑猫は踏んだ餓鬼を投げると逃げた餓鬼に飛びついた。気付けば三匹全てが捕まっている。一匹は口に、後の二匹は前足の下だ。
チラリと燈輝に問うような目線を投げかける。燈輝が苦笑して、独り占めにして良いと言うと緑猫は顎で捕えた餓鬼を租借して飲み込んだ。
「慌てて喰うと咽るぞ」
声を掛けるが緑猫はそのまま前足の下で暴れる餓鬼も丸呑みにしてしまう。ざわつく右腕に燈輝は苦笑する。
「今晩出掛けるか」
呟いた燈輝に緑猫は口の周りを舐めつつ、期待に眼を光らせて嬉しそうに振り返った。