橙の夕夜
トーキ、シロ、ミドリ、セキタ、セキト
「食事」
大食いを抱えていると餌に困る。テリトリーって概念は俺等に無いが、各々気に入っている餌場があって、それを侵せば争いになり易い。仕方が無いんだ、狐がそんなに大食いだと思ってなかったんだ。行動範囲も広がったし、お腹空いたと騒ぐのが増えたし、狐に精気を吸われるのも貧血になり易くて嫌だ。
何故こんなにぼやくかと言うと、人間と戦闘になったから。しかも雑魚ばっかり従えて、大きいの一匹でやり難い。雑魚は完全に棄て駒として扱ってるのが気に入らない。
(所詮は雑魚と割り切れない方が普通じゃない)
白橙の声が頭の中に響くが、燈輝は無視して状況を打破しようと思考を巡らす。
「ryok、大きいの一人で抑えられるか?」
小さいシキを噛み砕き喰いながら緑猫が少しなら、と返答した。出会い頭はある程度喰わせて貰ったら逃げようと思っていたのだが、どうもねちっこく追われて面倒になった。人間以外は喰わせてしまおうか。
(恨まれるのは面倒だろう、人間も処理してしまおうよ)
(人間は駄目)
「よし、やれ。cek、雑魚を片付けろ。チビの分は喰うな」
赤い大きな犬が二匹同時に飛び出して群れに突っ込んでいく。狛犬のような外見の赤太と赤斗は一匹ではまともに動けないが、連携すれば対大勢でも活躍出来る。
シロは圧倒的に強くとも、殆ど戦闘に出せない。特に人間が居る場合は下手に噂になり、狙われるのが面倒だ。俺はのんびりマイペースに生きたい。
(私の分はあるの)
派手になる分結界が弱くなる。燈輝は小さく呟き独自の印を結ぶと結界を張り直した。
(お前が出るとチビの分が無くなる)
誤魔化そうとすると批難喧しく、諦めて後で血をやると約束してしまった。約束してしまうとミドリが反感を示す。少し過保護なのだ、仕方が無い。
結界の応用印を結び、ミドリと一緒に相手のシキを閉じ込める。ミドリは俺のシキだから、俺の結界に対処出来る。
「ryokも小さいのを潰せ。一気に叩くぞ」
体当たりに結界が歪むが、普通の結界と異なる柔らかな結界は破れない。裂く事が有効だが、崩れないこの結界は知恵を使って裂かなければならない。しかしあのシキには然程知恵は無い、獰猛で力が強いだけのシキだ。人間が戦闘中動くのは稀で、周囲の目を気にして結界を念入りに張る俺は気にし過ぎという目を向けられる。スーツの男は結界を破ろうと必死だが、予想通り式を使う事には慣れてない様子だ。多勢に無勢といった余裕の態度だったが、もうそれも無い。
「合図で総攻撃」
結界を解くタイミングを計る。
「済まないが、運が悪かったとでも思ってくれ」
そう、空きっ腹は苛立つもんだから仕方無い。
「大食いが揃って腹を空かせてるんだ」
溶けるようにシキを捕えていた結界が消える。その隙間を埋めるように三匹が攻撃を放った。
シキを出し弱ったのを放置したまま主である人間は逃げてしまった。弱肉強食、全部しっかり俺のシキが綺麗に喰らい尽くす。もしかしたら、身を守れずに喰われるかもしれないが自業自得だ。俺は知らない。
人間が周囲に居ないのを確認して新たな結界を張り、全てのシキを出して食事をさせる。一時は同類を喰う事に嫌悪した事もあったが、今では気にしない。俺だって別の生き物を食べるんだ。同じ哺乳類を食う感覚だと思えば、気にならなくなった。それよりも、シキを大切にしない人間の方が嫌いだ。
「トウキ、私の分が無いようなのだけれど」
結界を張ったからとシロも出る事を許可したが、腹が減ったと煩い。外で喰わせる趣味は無いのだ。
「帰ったら喰わせてやるから黙れ。死なない程度に喰わせてやるよ」
笑顔だがむくれているシロの白髪を撫でてやると、少し機嫌が良くなる。喰う許可を与えたからだろう。それでも、拗ねているのが可愛いと思ってしまう辺り、自分でもどうかと思う。
「気絶するよ」
「だから、帰ったらだろ。アイツ等にも言っておくから」
下手に喰わせ過ぎると、他のシキが怒って喧嘩になる。初めて気絶するまで喰われた時は、目覚めたら修羅場だった。躯の中で戦争じみた諍いが起きていて、もう一度気を失いたかったくらいだ。
「但し、血だけな」
「時間が掛かるじゃないか、嫌だよ」
だいぶ片付いてきて、大物の骨をおやつに取っておこうと取り合いが起きていた。ミドリは争いが起きる前に角を保持していて、アカとチビ軍団が争っている。放っておいてもじゃれ合い程度で済むだろう、最初に割り振りは決めていた。その中におやつ分をどれくらい含めるか、だ。アカは眼の前にある分は喰いがちで、チビの方が先を考えて腹が減っていても満腹にはあまりしない。
「俺は疲れてるの。貧血だけで勘弁」
腹八分目を守るチビは偉いと思う。アカは眼の前にあれば喰ってしまう。
シロは周りが食事をしていると我慢出来ない。
「喰わせてくれるって契約だよ」
「そう、血ならな」
足りない分は血液を喰わせる事で補う、が正しい契約内容だ。体液でも血肉でも精気でも無い。契約に慣れていて良かった、と思う。逆にシロが契約に慣れてなくて、雁字搦めでも許可して良かった、とも。大きくなったミドリは大食いだが、シロはそれを超える大食いだ。何時の間に消費しているのか謎だ。
「時々許してるんだから良いだろ。さっきのヤツ、気持ち悪いくらいねちっこくて疲れた」
正直、始末するか一瞬悩んだし。でも、爺との約束がある。死ぬか殺すかだったら笑って許してくれるだろうが、今日みたいなのは駄目だ。何だかんだで人間を喰わせたのは一度だけしかない。今思い出しても、背筋が震える。
「トウキ?」
気付くとシロのオレンジ色の瞳がじっと見詰めていた。心配させたのだろうか。
「いや、大丈夫。ガキの頃を思い出しただけ」
ただの記憶だ、何をするでもない、記憶。
「今だって十分子供でしょう」
笑うシロに苦笑しながら溜息を吐いて、そろそろ撤収させようかと立ち上がった。