人外CP
ハーレxヴァン
work
昼間は護衛出来ないのが悔しい。ヴァンはむすっとしながら塀を伝って尻尾を揺らしながら走る。予定通りハーレは噴水の縁に座っていた。人の足の間をすり抜けて足元に行くとハーレは笑顔で見下ろして手を伸ばした。
夕食に呼ばれた今日は面子が揃っていたら決行日。待ち合せ場所は出会った噴水の前。服はカジュアルに見せて高価な物、小物も見る人が見れば高価と判る物を選んだ。単純な成金よりは面倒だが、好みは把握していた。午前中に別の仕事を片付けて噴水の縁で待つ。少しして黒猫が足元に座った。艶やかな黒い毛に長い尾がゆったりと動いていて、美人な猫だ。銀灰の瞳で見上げられて、ハーレは猫を抱き上げ膝に乗せた。
「早いな、大丈夫か?」
頭を撫でられて猫はこくんと頷く。未だ日は沈みきっていない。西日がハーレの背に当たって長い影を作っていた。黒猫はハーレの影に収まって、尾をゆらゆらと太股に擦りつけ揺らしている。ペロリと指を舐められて指を口元に差し出すと甘噛みされる。
「未だ時間あるからイイぜ?」
猫の大きさに合わせて小さくなった牙に指を軽く押し付けてハーレが怪しく笑んだ。黒猫は指先を舐めつつ迷ったように瞳を彷徨わせる。それにハーレはくすりと笑って身体を屈めて猫の頬を撫でながら耳元で囁いた。
「誰も気付かないよ、ヴァン」
揺れていた銀灰の瞳が緑の混じった茶色の瞳を見詰め、ゆっくりとハーレの指を噛んだ。
人の大勢居る場所で、誰に見られるかもしれない場所で吸血行為を行う背徳巻と緊張感。淡く頬の赤いハーレにヴァンは煽られ膨れ上がる欲を抑えながら何時もよりもゆっくりと血を啜った。
突然、黒猫の尾がピンと立ちハーレは顔を上げて現れた待ち人に特上の笑みを見せた。黒猫は静かに振り返って現れた品の良い女性の瞳を見詰める。
「待たせてしまったかしら?」
可愛い猫ね、彼女は手を伸ばしたがヴァンはするりと逃れてハーレの足元に座る。
「嫌われちゃったかしら」
「黒猫だから、気難しいのかもしれないね」
ハーレは女性の腕を取り、目的地へ向かった。ヴァンは一度人混みに姿を消すと、気付かれないように二人の後を追った。
彼女の家に着くと家族に紹介される。お嬢様である彼女の父は一代で財を成した実業家。妻は料理が得意だそうで、金に余裕のある今は趣味で時折金持ち奥様相手に料理教室を開くらしい。どうでも良い、と思いつつも当たり良く挨拶をして用意していた招待の礼のプレゼントを渡す。玄関ホールで歓談し、あっという間に今日は泊まる事に決まった。夕食の準備が出来たら呼ぶと客室に通され、ハーレは人が遠ざかったのを確認して窓を開ける。その隙間から黒猫がするりと入り込んで銀灰の瞳がハーレを見上げる。
「全部揃っての夕食になるな。他にペットが数匹、確認済みは二匹」
とん、と猫は床に降りると伸びをして椅子に飛び乗って丸くなった。ハーレは猫を一度抱き上げて椅子に座り膝の上に乗せる。
「壁はどんな感じ?」
丸くなって頭だけ上げてハーレを見詰める。
「黒い雄はドーベルマンだったな。雌はチワワ。あの様子だともう何匹か番犬が居るな。壁は厚めに作られてる」
ハーレに撫でられて黒猫はごろごろと喉を鳴らす。
「壁から片付けようかな」
「なら猫のままじゃ不便だろ?」
普段の姿に戻るようにハーレは言うが黒猫は首を横に振った。
「ハーレ、今テンション上がって盛り易いからダメ。今日でこの仕事片付けたいもの」
そう言ってそっぽ向くヴァンにハーレは舌打ちして抱き上げ耳を食み、額にキスを落とす。しかし黒猫は身を捩ってハーレから逃れ、椅子の下に潜り込んでしまった。ハーレが覗きこむがヴァンは出てこようとしない。
「あーもう、早く帰りてー」
小さく呟いて呼ばれるのを待った。
ハーレが部屋を出て人が周りに居ない事を確認してヴァンはヒトの姿に戻る。服はハーレに出会う以前によく着た服だ。もう少し力が強くなれば好きな服で再生出来るのだが、ヴァンは吸血鬼としては未だ若輩だ。ハーレに出会う以前は服など気にしていなくて、殆ど同じ服を着ていた。変身して戻る時に再生出来る服はこの服だけだった。大きなマントが鬱陶しい。今なら何故こんな服を着ていたのだろうと思う。でも、ハーレは吸血鬼らしいと言ってくれるから、言う程服を嫌ってはいない。
「さて、お仕事しますか」
既に裏口の場所は外から確認していた。そこから使用人室や調理室の場所は想像出来る。夕食の準備が終わったといっても、夕食は長い。
「外のから、かな」
ヴァンは窓からするりと出て暗闇に紛れて飛んだ。
楽しげに話しちゃって、もう直ぐ死ぬのに。経済、世界動向、流行のファッションや音楽、果てには美味しいレストランの話まで。値踏みと期待が籠った話題。未だ夕食は続いていて、メインディッシュが運ばれる。ヴァンは外の片付けをしているのだろうか。人間の耳はあまり聞こえなくて少し不安になる。それでもヴァンを信じているから、眼の前の事に集中する。今の俺は何でも出来るけど爽やかな青年。見聞を広める為に小遣い稼ぎをしながらヨーロッパを旅している途中で、近々アジアも行こうと考えているという設定。
メインディッシュもそろそろ終わる。ハーレは既に会話にも料理にも飽きていた。部屋の人間に意識を伸ばす。ターゲットである男とその妻が机の向かい側に、娘がハーレの隣に居る。どちら側にもメイドが一人ずつ、それから扉のこちら側と廊下側に一人ずつ男が居た。部屋が広いので少し面倒だ。入口から遠く、机の幅もある。男の装備は何だろう、最近は無粋に銃が多い。対人間なら威嚇の意味は大きいが、ヴァンの速さの前では意味が無い。
「旅には危険がつきものでは?」
扉の外で小さな音がした。眼の前の人間は気付いただろうか。
「そうですね。夢中になっている時が一番怖いです」
にこりと微笑んだハーレに夫人が少し顔を赤らめ、隣に座っていた娘がハーレを見詰めた。誰も自然に動くハーレの手元には意識を向けない。ナイフを持った右手が素早く動き、直後短い悲鳴が響いた。
ハーレが手にしていたナイフが入口に立っていた男の手に深々と刺さっている。女性陣が動揺して怯え、ターゲットが人を呼ぼうと動いていた。もう意味は無いのに。扉が開いて黒い影が滑り込み、入口の男は息絶える。同時にハーレが椅子から離れ、側に茫然と立っていた女の首に細い鉄線を巻き付けて引く。ひゅっと細い息の音と同時に身体から力が抜ける。どすん、と重い物が倒れた音に振り返る娘の首も同じように絞める。夫人がやっと悲鳴を上げかけて、出来なかった。ヴァンが彼女の首を折ったからだ。男は非常ボタンを何度も押していた。馬鹿だな、逃げればほんの少しだけ長く生きられたかもしれないのに。ハーレが二人を確実に殺す頃には男は追い詰められていた。何か喚いているがどうでも良かった。
「こちらにサインして頂けますか?」
黒に埋もれたヴァンの銀灰の瞳が光を帯びる。示した数枚の紙を机に置くと、震えた手がポケットから万年筆を出し何時も通りのサインを記した。ペンが戻った時にはハーレが入口の男の拳銃を手に側に来ていた。何時の間にしたのか手袋を嵌めた手で拳銃を差し出す。空ろな表情で受け取った男は冷めたハーレの瞳を見て、拳銃へ眼を落とし額にその先を当てた。拳銃越しに微笑むハーレの笑顔に男は引き金を引いた。
満月の下、マントをはためかせながらヴァンはハーレと並んで街に向かって歩く。緩い下り坂で遠くに海が見えた。
「何、血の匂いで煽られた?」
腕を絡ませながら擦りよるヴァンにハーレがにやりと笑う。
「あんな不味いの、逆に食欲減退しちゃうよ」
本当に、と覗きこんできっちり閉めたままの首元を緩めて誘うとヴァンは歩みを止めて瞳を彷徨わせる。その様子にハーレは妖しく笑んでヴァンの手を取り路地裏に引っ張り込む。
「は、ハーレ?」
抱き締められて見上げるとハーレはシャツのボタンを開けていた。ヴァンの目線に気付いてハーレは自分の首筋に指を這わせて軽く爪を立てる。
「ずるいよ。夕方ちょっと吸わせて、逆にお腹空くし。人間の精気不味くて吸ってないし」
ちゅ、と首に吸い付く感触にハーレは嬉しそうに笑ってヴァンの髪を撫でた。
「俺も結構ギリギリなの。がっつり吸っていいから、ぱっと飛んで帰ろう」
浅く傷付けただけでゆっくり吸うヴァンに苦笑して首を押し付ける。
「それとも此処でスる?未だ、夜は長いんだぜ?」
喉の奥で笑って腰に手を回すハーレにヴァンは焦って顔を上げ、唇に付いた血を舐めた。
「あ、う……外は嫌、んっ」
腰を撫でていた手が尻に移動してヴァンが高い声を上げて身を捩る。
「じゃあ、失神させるくらい吸わないとな」
再び肌に触れより深く侵す牙に愉悦を感じてハーレは身体を震わせた。
ノック音に眼が覚めてガウンを羽織って扉を開ける。この部屋には呼ばない限り誰も近付かない、基本的には。ハーレは欠伸を噛み締めながらブリティッシュな発音で挨拶しながら開ける。
「寧ろ、こんにちはの時間です。発音は完璧なのに……」
そう言うのは背の低い少年だ。スーツを着ているが、子供が背伸びして着ているように見える。やや頬が赤いのはハーレのガウンから覗いた胸にキスマークが散っているからだろう。
「仕事の終わりは書類提出です。何度言ったら解る――」
「はい、コレね。こっちがターゲットのサイン入り。こっちが今回の仕事の書類な。もうチョット寝て、いちゃいちゃするから帰ってくんない?次の仕事、こっから直で行くから」
手をひらりと振って扉が閉まる。事務官である少年が声を上げるが、扉は無情に閉まった。
耳をピンと立てて欠伸をしながらハーレは再びベッドに潜り込みヴァンを抱き枕のようにして腕を回す。
「ん、ハーレ……?」
「事務が来ただけ。もう少し一緒に眠ろう」
ヴァンは小さく頷きもぞもぞと向きを変えて鎖骨にキスを落としてハーレの胸に顔を埋めて腕を回した。
「おやすみ」
「ん、おやすみ」