人外CP
カット
カットの日常の半分
重ねた仕事の間に偶々間が出来て、そこに急の仕事を持ち掛けられて丁度良いかと引き受けたけれど、面白い仕事ではなかった。だからといってカット・チェーシャーは手を抜く事はない。仕事が好みだと気分良く仕事が出来て、運が良ければ楽しいと思える。運が悪ければ詰まらないと思いながらするだけだ。最近は仕事を選ぶ余裕が出来たので、選り好みを続けていて久しぶりに詰まらないと思うから、余計詰まらなく感じるだけだ。カットは自分に言い聞かせながら、内心何度目か解らない溜息を吐く。
何が気に入らないと言えば、全てだ。二人で一人を殺されたと判るように殺す。仕事仲間の数に変動はあるが、カットの仕事内容は多くが暗殺だ。しかし、自然死に見せかける事は少ない。今回は簡単で、下地を作らずターゲットの外出時を狙う。調査に寄れば月に一回、一人で出掛けるらしい。どんな立場で何をしている人間だか知らないが、不用心だとカットは思う。カットは殺戮と暗殺に至る過程が好きなので、今回のような仕事は好みではなかった。姿を目撃された場合に備えて人型を取っているので、聴覚が少し弱い。尾が無いので空気の流れも判り難い。しかも仕事仲間が苦手なタイプだ。自分よりもずっと階級が低いのは気にしていないが、実力が無い。カットは基本的に弱い者が嫌いだ。特に今回のような媚を売るようなへつらうような性格は嫌いだ。それ以上に嫌いなのは実力が無いのに、強いと思い上がる者と、他人の実力を量れない者。無口のカットとの空気をどうにかしようと、あれこれ話しかけてくるのだが、それが鬱陶しい。放って黙っていれば良いのに、出来ないらしい。無表情のカットを時々ちらりと見ながら、何処を見ているのか、ずっと話し続ける。内容は全く興味が無かったので聞いていない。
早く終わってしまえ、と時計を見る回数が増える。そろそろ予定の時刻の限界だった。それ以上は張り込んでも出てこなければ外出は無い。路地の影から扉を見詰める瞳孔が広がる。ノブが微かに回った。当初の予定では、帰宅時に殺す筈だったが早まっても問題は無い。仕事の条件を思い出し、予定変更を決める。
「あ、え、ちょっと!」
カットが動き出すと同時に扉が開き、ターゲットの姿が見えた。条件は通り魔に見せつつ、一部には金が動いたと判るように、遺体発見時刻は問わない。元々別のヒトが請け負っていたが、仕事の調整が出来なくなり急遽回ってきた仕事だ。実行は先月でも来月でも良かった。
制止を求める声を無視して、ターゲットを追う。目立ちたくないので黙って欲しかった。いっそ殺すか、と一瞬考えて首を振る。一度やって、減俸され階級も下げられた。始末書を何枚も書いたし、説教もされた。面倒だ。狂っていた、と言い訳するにも状況が無理だ。カットが興奮出来る要素が一つも無い。無言で振り返りつつ、後を追うヒトの喉元へ腕を押し付ける。
「黙れ。これ以上無駄口叩くな」
袖の下には薄いナイフがあった。がくがくと頷く男を放ってターゲットへと視線を戻す。ナイフは愛用の物ではなかったが、暗殺の時には何度か使っている慣れたナイフだ。普段のナイフより薄くやや細いので、スーツの下にでも隠せる。先分かれの刃が無い分物足りなさはあるが、こちらの方が出血も少なく済む。返り血は面倒だ。軽く袖を通しただけのコートの裾が宙に揺れる。ターゲットは月一のお忍びなので、都合良く暗い道を行く。少し足を速めて距離を狭めていく。漆黒の髪が躍る。あっという間に手を伸ばせば肩が届く距離に縮まる。仕事仲間はついて来れなかったのか、少し離れてしまっていた。
(本当、一人で良かったのに)
とん、と肩に手を置き振り返させる。相手に認知されるよりも早くその胸にナイフが沈んだ。悲鳴は口を押さえたカットの手で消される。的確に心臓を貫いているのを確認して、素早く抜き離れる。仕事仲間が追いついて目標達成を確認する頃にはカットは殺害現場から離れていた。
帰還後その足で結果の報告に行く。明日から再び長期の仕事だ。早く一人になって休まりたかった。事務を呼べば予定より早いと指摘されるが無視する。出された地図にチェックを入れて、書類の穴を埋める。時刻、殺害方法等。条件については口頭でも確認があるので簡潔に書く。足りなければ事務が直すのを知っているし、それが彼等の仕事の一部だからだ。それに今回はカットよりも強い事務員ではない。
「目撃者と、殺害状況を」
しかしカットを全く知らないわけではないので、無駄な会話は挟まない。
「目撃者無し」
一瞬、仕事仲間は目撃者になるのだろうかと考えて否定する。目撃者にしてしまったら彼が仕事をしていないようだ。実際、したとはいえないが。
「路地で振り返り様に心臓を一突き。肋骨も絶ったので、外聞には通り魔、身に覚えのある人間は判るだろう」
書類に眼を落としながらカットの言葉を聞いて無言で頷き、自身のサインを記す。
「御苦労様でした」
カットは自分と事務員のサインが並んでいるのを確認して、別れを短く言うと仕事を終えた。
部屋に戻って、風呂に入って人間臭いのを落として、ナイフの手入れをして、眠れたら眠ろう。仕事内容にしては疲れてしまった。詰まらないと始終思っていたので精神疲労だ。早くヒト型に戻りたい。今度こそ実際に溜息を吐くと、カットを知っていて事務室へ向かおうとした者がぎょっとした。カットが感情を露わにするのは、ほぼ感情が極限に達した時だけだ。危ないヤツと認知されているカットは、そんな他人に全く気付かずに部屋へと帰っていった。