ShortStory

人外/キメラxスライム

ショッキングピンクの幸福(後)

命令する事に慣れてるな、と抱いた印象は強ち間違いでなく、意外にも、ヤツは要職に就いているらしい。説明してくれたが、娼館生まれ娼館育ちで無学のオレに解る筈も無く。
ヤツはどうやらオレを気に入ったらしい。好きだとか愛してるとか言われても実感は無いが、身受けされて本気かどうかなんて疑えない。稼ぎの悪いオレでもそれなりの額だった筈だが、再会したと思えば(殆どの客を覚えないオレにとって覚えていただけで驚きに値する)帰るよと言われたのは記憶に新しい。
魔物を集めた娼館のカウンターから見える棚から、オレは豪邸に引っ越した。
だって、ヤツのセックスは気持ち良かったし、振り回されるのも悪くないかなと思っちゃった。それに、待遇はこれ以上悪化しないと勘が言った。



お得意様になるかもしれない、と脅された。だからといってオレの対応が変わる筈もなく、小さい身体は移動が億劫だった。
ベルを鳴らして部屋に入って、飛び跳ねて奥迄進むと客は椅子に座ってい。覚えのある凶暴そうで比較的小さな身体に、オレは震えた。
この前来たのは何時だったか、名前を聞いた、なんだっけ。
前回は机に上げてくれたが、どうしよう。足元で跳ねると、机においでと言われた。
赤が混じった茶の瞳は優しかった声に比べて冷たくて、ドキリとする。沈黙と捕らえるような視線に耐え切れず、名前を呼ぼうとして出来なかった。この声はスライムじゃないと解らない。
言われなければ人型になれない立場に焦らされる。
暫く続いた睨めっこは、ヤツが突然ニコリと笑って途切れた。スライムにしては固いオレの表面を撫でると、掬いあげて目線を合わせられる。
「帰るよ」
別れの言葉と柔らかな瞳で、何を言われたのか解らなかった。
未だ何もしてないのに、と思って引き止めようと身体を震わせると苦笑された。身体の下にあった指がずれて落ち着けるように撫でつつ擽る。
誤魔化される気は無いと睨めば、やっぱり優しげな瞳で。
でもヤツはニコニコ笑って酷い事を言う。前回は久しぶりに自分の体にムチを打った。いや、そんな被虐趣味は無い筈、少し快楽の為にムリしただけだ。
「帰るよ、一緒に」
楽しそうな声に驚いて見上げると、もう一度ヤツは言った。



被っていたタオルケットが捲られて、ごつい手がおいでと揺れる。
タオルケットは自力で体温調節が出来ないオレの為。他のヤツと違って表面分泌液が少ないから、もふもふでも平気。
うたた寝から抜け出てから、もそもそと触手を外に伸ばすと指に絡めた。片手に乗る程の小さなオレの重さなんか物ともせずに、触手を縮めて掌によじ登るのを待つ手に乗った。
おかえり、と言うつもりで身体を揺らすと身体に指が這う。
「ただいま。ビビッドは元気にしてた?」
寝てばっかいたけれど、一回揺れて是と示す。もっとオレに魔力があったら、人型になれる時間が増えるんだけど。上半身だけとか肺だけ作った状態は結構気持ちが悪い。中途半端なのは見目も感覚も気持ち悪い。
「食事はどう?」
美味しいの意で一回。何でも消化して栄養にするスライムは残飯処理に使われがちだ。娼館では生ゴミ処理じゃねえかと思ってたくらいだ。嗅覚は酷く弱い。その代わり、味覚というか触れれば臭いというか味というか、解る。
良かった、と笑うヤツは普段は優しい。夜は少し意地悪だけど別に嫌いじゃない。
話しながら身体を弄ばれる。指の腹で抉らない程度にへこませてみたり、摘んで持ち上げてみたり。オレはあんまり柔らかくないから、ちょっと伸びるくらいだ。これが柔らかいヤツだったら原型を保てない。
やっと体温が移って温かくなるとベッドに連れて行かれて、浅ましいオレは期待する。
でも、遅くに仕事から帰ってきたから。
「人型になる?」
嫌だ、と身体を横に二回振る。どうしたい、と問われて、また身体を二回横に振った。
「ビビッド?」
付けられたばかりの名前にゾクリとする。首輪みたいだ。
掌から飛び降りつつ人型になって、振り返る。服、失敗した。時間掛けないと服の再現は難しい。
「仕事で、遅かったんだろ」
「それはそうだけど。焦れた?寂しかった?」
「そうじゃなくて、」
オレの事ばかりで、恥ずかしい。
「ビビッド、人型になったんだから会話したかったんだろ」
逃げるな、と暗に言いつつシーツを引き寄せた。フワリと掛かるそれに、マメだなと思う。素っ裸じゃ、折角温まったのにまた冷えてしまう。
「その、疲れてるんじゃないかって、だけ。オレはこの部屋でゴロゴロしてれば食事も来るし、寝れるし、やる事ないし、魔力温存出来るけど」
顔が見れない。
「くそ、解れよ。スライム語解らないくせに、オレの振動で若干見分けられるくらいなんだから!」
小さい笑い声に余計苛立つ。なんでオレがヤツの心配なんか。
不意に抱き締められて、ドキリとする。身長はそんなに変わらない。変えようかと問うたら何時も通りとヤツが言ったから。だから、耳に息が掛かる。
「恥ずかしくなっちゃった?」
犯すような声に反論せずに飲み込む。少しは学習した。反論したらヤツは喜ぶ。
「可愛いね、ビビッド。今日は何もせずに眠ろうか。明日は休みだから」
「解ってる」
楽しそうな笑い声。抱かれたままベッドに倒れ込んで、もつれ合うように布団に包まる。
「もう、こんな冷たくなって。馬鹿だね、お前は」
髪を撫でる優しい指の動きに耐え切れなくなって、元の姿に戻った。
あらら、と然程残念そうでもない声で、オレを首の側に置く。
あったかい。
「おやすみ」
震えて応えると、嬉しそうに名前を呼ばれた。寝ろよと思って布団をすっぽり被るように引っ張ると、同じだねと言われる。そういえば、タオルケットに潜り込むな、オレ。
真暗になって、暫くオレを撫でていたけれど、寝付きの悪いヤツにしては直ぐに寝た。
おやすみ、プラツ。



(そういえばねえ、お前が俺を呼ぶの、なんとなく解るんだ)
(呼んでない)
(照れるからね、一瞬躊躇ってから言うから)
(勘違いだろ。花畑みたいな頭だな)
(だってお前、最近は身体を震わせてまで俺に伝えようとするのは是非くらいだろう。それ以外は傾いて、どちらでも良いと、もう一種類)
(やかましい。分析するな、オレを仕事に当てはめるな)
(職業病だ、許せ。愛してるよ、ビビッド)
(……もう黙れよ、プラツ)
前編


END?