TheRose

パジー編/R18

かんけい

ボクは、彼等に会えて良かったのだろうか。
未だに、悩む夜がある。

ボクは父に蹴られ母に犯され育った。
狂ってるとは思わなかった。
ボクにとっては日常だった。

ボクの生まれ育った街は段ボール箱を重ねた様なアパート、その間にゴミ溜めみたいなひしめき合った空間がある。
ボクはそのゴミ溜めで育った。
幼少期は無として扱われた。
ある日突然ボクの世界は変わった。
周りから囁かれる、あの親にあんな綺麗な子が、と。
ある日周りがボクを見た。
ボクの容姿だけを。

父が死んでボクは街を離れた。
母はボクに依存していたが、棄てる事に罪悪感は無かった。
あのゴミ溜めの中で母はこれからどう生きていくのかと考えたのは、ほんの一瞬だった。

ボクはあの街で既に知っていた、ボクは躯を売ればボクの力で生きていける、と。
両親はボクを家から出そうとしなかった、それでもボクは知っていた。
外で寝泊まり飲食に困った事はない。
何時でもボクは買い手を探す事が出来た。
女性の日もあれば、男性の日もあった。
どっちでも、どうでも良かった。
飢えて死ぬのだけは嫌だった。

そんな毎日を繰り返す中、あるマンションの存在を知った。
ボクをそのマンションの住人だと勘違いした奴がいたからだ。
ボクは度々マンションについての情報を得たが、大して興味を抱かなかった。
様々な愛の持ち主が住んでいる、と言われても興味を抱けなかった。
けれどもある日、出会ってしまった。
そのマンションに住む内の二人に。
ツウとインに。
互いを愛す双子のツウとイン。
ボクは彼等に魅かれた。
愛ではなく、ただの興味だった。
後に興味は憧憬となった。
そしてボクは気付いた、ボクは他人を愛する事が出来ない。
完全に受け身の愛、それだけ。
マンションの住人も言った、だからマンションに住めない、と。
ボクは受け身の愛しかないから、マンションに住む資格が無い。
ボクはたぶん、マンションの存在を知った最初から気付いていた。

マンションの他の住人で知っているのはヤンくらいだろうか。
時々彼の所へ寝泊まりに行く。
勿論、相手もするけれど。
彼は彼の唯一の弟に特定の友人が出来た事が嬉しいと言った。
ツウとインは互いしか愛せない。
だから勿論ボクの事など一片も愛していない。
彼等には彼等の愛と家族愛しかない。
そのずっと遠くにボクの存在が出来た。
その事をヤンは嬉しく思う、と言った。

ボクが何故、あの双子を気に入るのか解らない。
未だに彼等のどこが良いのかを理解出来ない。
けれど彼等の異常な部分に憧れ、自分も、と思う。
ボクの片眼を縫い閉じたのも、ピアスを開けたのも、彼等を真似ての事だ。
胸の薔薇の刻印は別だけれど。
けれど、双子やヤンに会って変わったボクが欲した事だ。
外見に頓着しなかったボクが服装を気にし始めたのも同じだ。

ヤンは面白い奴だと思う。
友人ともセフレともつかない距離で存在する。
時々、兄が居たらこんな感じだったのだろうか、とも思ってしまう。
それを伝えると彼は快活に笑い、そう思ってくれても構わない、と言った。
けれど、やっぱり兄弟にはなれないだろうとも解っていた。

あのマンションの住人にはなれない。
本能的に感じていた事だった。
だから、入り浸らずに適度に遊びに行くだけにしている。
あそこはボクの家にはなれないし、ボクの家にならないのだ。




ある日マンションを訪ねると、双子は出掛ける準備をしていた。
「あ、パジだ!久しぶりー」
そう明るく手を振るのがイン。
「本当だ。久しぶりだね、パジ」
振り返って微笑みかけるのがツウ。
髪の色が違うからか、大分印象が違う。
けれど双子と見間違いようがない、彼等は揃いの衣装を好む。
彼等の外見は瓜二つで、髪の色が大きく異なるだけで、他の差異は左右対称なばかりだ。
空ろな眼も、ピアスを開けている耳も、服も何もかもが左右真逆に揃え、多少の違いは彼等の性格だ。
精神的な束縛と、身体的な束縛と。
彼等は双子だけれど、互いに求めるものが微妙に異なる。
それだけが、彼等の外見の差異だ。
髪の色があれほどに違いが無ければ見分けは左右の違いだけで判断しなければならない。
彼等の髪の違いが彼等の兄姉が原因だというのだから、納得してしまう。
彼等を個別に判断する為に、永久に髪を染め上げたというのだから、若干の驚きを隠せなかったけれども。
「久しぶり、かな。これから出掛けるの?邪魔しちゃったな」
このまま帰る素振りをすれば、彼等は一緒に出掛けようと言った。
「行ってくればァ?お前等三人だったら更に目立つだろうがよォ」
ひょっこりとヤンが顔を出して言った。
そしてボク等三人で出掛ける事にした。
彼等の容姿はとても美しい。
手を加え崩し、狂っている事を主張しているのに、それでも尚美しい。
もし美の神が存在するのなら、彼等はその神に愛されているといっても過言ではない。
ヤンも綺麗な外見をしているが、双子を盲信するボクからしたら一番美しく見える。
あのマンションの住人は皆各々に美しい。
各々が違った美しさを持って、各々が各々の領域を持っている。
同じ存在はツウとインだけ。
ボクもそれなりには綺麗な外見をしていると認識している、勿論彼等には劣る程度に。
ボク等三人で出掛ければ、彼等の外見を引き立て、尚周囲から浮いた存在として目立つ事になる。
「今日は服を見に行くんだ」
「そう」
「パジは自分で服を買わないよねー」
けたけた、とインが笑う。
「そうだね、面倒だから自分で買いに行かない」
自分に似合う服を認識していない訳では無かった。
だが、服は買うより前に買い与えられるばかりだ。
「パジには貢いでくれる人間が沢山居るものね」
ふふ、とツウが笑う。
ボク等三人で並ぶ時は何時もボクが真ん中で、ツウとインを繋ぐ鎖を背に感じながら並ぶ。
ヤンが言うにはとても珍しい事らしい。
兄姉と居ても二人は離れない。
一度、二人に聞くと、二人で共有する玩具だからだそうだ。
ボクは納得した。

多くの視線を浴び、多くの誘いを無視しながらお出掛けし、喜々としながら大荷物を持つ双子と会話を楽しんだ。
彼等はボクに絶対に服を買い与えない。
服を与えるのは脱がせたいから、というイメージが強いらしく、ボクとはそういう関係になりたくないから、らしい。
ボクと彼等はあくまでも友人だった。
マンションに戻るとヤンの元へ行く。
彼等が使う金は何時も兄姉の物で、大抵がヤンの物だ。
だから買った物を見せる。
ヤンの前でファッションショーをする事が、彼等が金を得る代償だった。
ボクが一緒に買い物に出掛けた時は何時も、ヤンの隣に座って一緒にそれを眺める。
ヤンは本当に彼等を愛しているのだな、と思う。
勿論、兄弟として。

「パジーっ」
ファッションショーの最後にツウがボクに駆け寄った。
驚いている間にインが反対側からボクを絡め捕る。
「パジ、今日はプレゼントがあるんだぜ!」
状況を飲み込めないまま、眼を白黒していると後ろからヤンが手を伸ばした。
ボクの首を撫ぜ、するりと冷たい鎖を巻き付ける。
「俺と兄さんで選んだんだ」
「僕もインもこれだ!て思ったんだよ」
「出仕はオレな」
眼を下してペンダントトップを持ち上げ見ると、少し重めの鎖にリアルな薔薇のペンダント。
トップが少し凝っていて、薔薇の花から横に荊が伸びて、その先から鎖に繋がっていた。
「薔薇…」
双子に立たされて、くるりと後ろを向くと、ヤンが頷いていた。
「うん、似合うナ」
そう言ってボクに手を伸ばし招き寄せ抱かれる。
「お前は薔薇じゃなくて、薔薇に守られてるような、薔薇に囚われてるような感じがするからなァ」
顎を上げられて、ヤンの瞳がボクの瞳を捉え、頬から首へと伝ってネックレスへと落ちる。
「ヤン兄が恰好良い事言ってるんだけど!」
「ああやって落とすんだね……」
双子がきゃあきゃあと騒いで抱き合い、インがヤンの真似をしツウがボクの立場で同じ事をしていた。
ヤンが全く、と苦笑しながらつぶやくと二人は同時にボクの頬を左右からキスして別れを告げた。
「ふふ、僕達邪魔かな?」
「俺達邪魔でしょー?」
相変わらずボクの前では楽しそうな二人は風のように去って行った。
きっと自室に戻ったのだろう。

インの閉めた扉がバタンと音を立てた瞬間、部屋が一気に広くなる。
「あ……」
ボクがつぶやくとヤンはボクの髪に手を差し入れて頭を撫でながら首を傾げる。
「二人とも服とか置いてっちゃった」
散乱する服飾雑貨にぽつんと言葉を落とすとヤンの身体が近くなる。
「何でそんな寂しそうに言うんだァ?」
ヤンの喋り方はとても適当でだらしがなく遊び人のソレに近いのだけれど、ボクにとっては何故だかほっとする。
包まれるような、優しさに似た。だから、兄のようだと時折思うのだろう。
ボクは無関心が助長させる無知な人間で、年上のヤンの物知りさに甘えたいのだろう。
「飼い主に捨てられた子みたいだから、かな」
曖昧に言うとヤンはニヤリと笑んだ。
「まるでお前ェが飼われてェみたいじゃねェかよ」
綺麗なヤンの指がボクの首にかかるネックレスに巻き付き軽く引かれる。
なァ?と問われながら顔が近くなる。
キスされる、と思った瞬間には貪られていた。




毛の長い絨毯が敷き詰められた廊下をゆっくりと双子が歩く。
「パジ、ヤン兄さんに食べられちゃってるかな」
まるで明日の天気を問うかの如く、自然な発言だった。
「パジ流されやすいからなー。ってか抵抗しないでしょ」
家族以外で唯一名を覚えているパジを思い出す。
館の者でないのに綺麗だと思える人間は彼だけだ。
光が似合うのに、光の下に居ると溶けて居なくなってしまうのではないかと思った事もある。
「ヤン兄が手を出してるかどうかなら、間違いなく出してるだろうし」
弟の言葉に頷きながら、フと辺りを見渡すツウ。
「ねえ、此処何処?」
「え?」
言われて無為に歩いていた足を止め、見回す。
「んー、迷った」
「迷った、ね」
「久しぶりだー」
悪態を吐き言うが、その顔は楽しそうだった。
「久しぶりの探検しよっか」
そんな兄の笑顔に可愛いと思いながらインは頷いて兄の手を取った。