ALiCe
本編 ※旧版掲載改稿中
ALiCe (1)
私はアリス。
今、私は……
ALiCe (1)
何だかとんでもない事になっているのです。少年ウサギを追って穴に落ちて、小さくなったり大きくなったり。更には森の中で迷子になっちゃいました。迷子は今も継続中です。
「もぉ〜うっ!何なのよっこの破天荒な世界は!」
本当、そう叫んじゃいます。って、もう叫んでるけど。
「何ィ、今度のアリスはお前さん?」
「え?」
声を掛けられて見上げてみると、傍の捻くれた木にネコの青年が。服はしましまで、髪はぼさぼさだし、木の上で胡座だし、服も髪も変な色だし、どうやら世界だけじゃなくて住人も変な様です。やっと人に会えたと思ったら獣耳や尾が生えてるし、こっちじろじろ見てくるし、全く何て運が悪いのでしょう。
「今度のアリスは面白ェと良いなァー」
眼の下に隈が在る赤紫色のネコのお兄さんは、尻尾をぴこぴこ揺らしながら、にたぁと特有の笑みを見せます。
「今度のアリスって何よ、私は私。確かに私はアリスだけど。そう云うアンタは誰なのよ?」
他にアリスなんて子は知りません。ついでに私の知っている人の中に、こんな変人と知り合いであろう方も居りません。
「ま、ちィっとは合格かァ?」
そう、反論した私に細めた眼を向け、名を名乗りません。
「合格って何よ。もうちょっと口の利き方考えたらどうなのよ?で、アンタの名前は?それから、此処は何処?」
何だかさっきから話が噛合っていない様な気がするのは私だけでしょうか?
「ぎゃはvお前さん、さっきこの世界を破天荒っつったけど、お前さんのが破天荒じゃないかと思うねェ、オレは」
この男はもうちょっと言葉の選び方を学んだ方が良いのです。人の話も聞きましょう。
「ねえ、此処は何処なの?アンタは何?」
ああ、人を何呼ばわりしてしまいました。もう、何だか調子が狂います。
「此処は此処。何処でもないさ」
やっぱりいいです。応えてもらっても、半端で無意味でした。
「前回のアリスはばっちりハートの女王に殺されたからなァ。それよか期待はしましょ」
殺すとか殺されるとか、期待とか、何を言っているのか解りません。
「ま、殺されないように頑張って、アリスちゃんvオレで良ければ何時だって手を貸すからさ」
それだけ言うと、森の闇に溶け込んで消えてしまいました。
「ちょっと!名前位名乗って行きなさいよ!」
そんな不穏な事を言うのなら、消える前にちゃんと説明してくれたって良いと思うのですけれど。それに、手を貸すと言っておきながらこの状況について何もしないのですか。
この憤りをどうしてやろうかと考えていると、ふっとあのにやぁとした顔を私の前へ現しました。
「オレはチェシャ猫。気紛れ猫さ。成る丈覚えてくださいね、と。じゃね、アリスちゃん。ァ、そうだそうだ、そうだった。森を抜けるなら全部右に曲がりな。そしたら奇人の帽子屋その他が茶会してるだろ」
袖に隠れた手をぱたぱたと振って、尻尾を揺らしながら森の奥へ消えてしまいました。
チェシャネコは手を貸すと言いましたが、やっぱり私はあんな男に手を貸してもらうくらいなら自力で此処を抜け出します。
それでも結局、森の中をぐるぐるぐるぐると同じ処を回ってしまい、全部右へ曲がってみました。結果は……、見事最初の地点へ戻りました。
「……あんのネコ!おもいっきり嘘じゃないのよ!」
戻ってしまっては迷子脱出でも意味が在りません。試しに全部を左に行ってみると、小さな木戸が見えました。やっと森を抜けられたのです。
あのネコの信用度はゼロになりました。これであのネコの言動を聞き入れない理由が出来ました。
木戸の近くに寄ってみると、楽しげな笑い声や意味不明な会話が聞こえてきます。せめても、チェシャネコより、まともな会話が出来る方でありますように。
† + † † + † † + †
今日は疲れた。何時も通りのハートの女王サマの我侭で、走り回る羽目になるし。
それにしても王宮は無意味に広い。いや、意味は在るのだろう、きっと。有事に備えてとか、権力を誇示したいとか。それでも、王宮の広さは嫌いだ。この世界のトップの傍に居るのだから仕方無い。でも、王宮の奴等はどれもこれも詰まらない。
「よォ、兎」
机の上の冷めてしまった紅茶から窓辺へと眼を向ける。思わず溜息が漏れそうになるのを押し留めた。
窓枠にしゃがむイカれた、どの猫よりも気紛れで捻くれ者の男が現れていた。ああ、この男は何時だって、ボクの気分が悪い時に来る。
「何、機嫌悪いの?女王サマに嫌われた?ァ、そっか、今日、処刑日だったっけ」
ボクはこの男が嫌いだ、何時も他人を馬鹿にしている様な嘲った物言いをするから。
「寄るな」
服の裾を引き摺って入ってきた猫はボクに手を伸ばす。必死に振り払っても、子供の身体のボクでは抵抗し切れる訳がない。あっさり捕まって、壁に押し付けられる。
「ぎゃは。本当、お前は何時迄餓鬼なんだよ」
「煩い。この世界の住人は王以外歳を取らない」
兎に角、ボクの嫌いな言葉を使って癇に障る事ばかりを言う。
「ま、王は元来この世界の住人じゃァないからなv」
そして、何時だって人を惑わせる。
「何しに来た」
成る丈、早く帰って欲しい。この猫の言葉など聞きたくない。
「用事が無かったら来ちゃいけねェの?」
眼を細めて、あのにやっとした顔でボクを見詰める。
「無論だ。ボクは貴様が嫌いだからな」
ボクは吐き捨てる様に言ったけれど、猫は笑んだ。
ああ、ボクは、この笑み、顔、眼、声、耳、尾、指、その他この男の全てが嫌いだ。他人を誘惑して、誘いに乗られて依存されれば直ぐに切り捨てる、この男の存在総てが。
「オレがお前に、只会いたいってのじゃァ駄目なのかい?」
ほら、誘惑に乗るな。油断は暗黒の海へと、滅亡の地下へと突き堕とす。
「仕方無ェなw今日はもう帰るとするよ」
「そうしろ」
追い出すように窓の方へと押し遣る。唯それだけの事でも、ボクから猫へと触れた事を猫は喜んで何かをほざいたが敢えて無視した。
「本当、お前連れないのな。そんなお前だから、オレは兎が好きだよv」
「黙れ」
ボクは猫が嫌いだ。ボクは『好き』も『愛』も要らない。
猫は軽やかに窓枠に跳び乗ってしゃがむ。あのだぼだぼで裾の長い服からは考えられないけれど、猫はやたらと身軽で素早い。
「じゃァ、また来るよ」
「来るな」
そのボクの返答にすら嬉しそうに笑んで、手と尾とを振り、近くの木へと跳び移る。そしてボクが窓を閉めようと手を掛けた時だった。
「――っ」
「そォだ、そォだ、忘れてた」
閉めかけた窓に手を掛けて、髪が交わる程顔を突き出し猫は眼を細める。
「今日、少しだけど新しいアリスと話をしてきたよ。じゃァな」
それだけ言って猫は手を離し、落ちていくように何処かへ消えた。唐突に現れ、幻の様に消えていく。
また、アリスが……。いや、トランプ兵からの知らせは入っていない。何時ものあの猫の嘘かもしれない。
やっぱりあの猫は嫌いだ。
何時もボクの気分が暗鬱で、ぐちゃぐちゃのどろどろに闇を捏ねた様になっている時に来ては、ボクの心を掻き乱し、形の判らない何かを残して去っていく。
気紛れ猫は嘘の中に、細々と真実を散りばめ、他人の揺れ動き戸惑う姿を愉しむ。そして誰にも仕えず、誰にも仕えさせず、たった一人で、中立ですらなく、流れていく。
年月が経る事を知らないこの世界の住人で在りながら、あの猫だけは、決まった道を辿らない。もしあれで一本の道を歩み続けているとしても、その道はボクには理解出来ないし、それ以前に見る事すら叶わない。
ボクの道は真直ぐ眼の前に伸びている。何処迄も同じ風景で同じ道。真直なのに永遠と輪を画き続けている道。
その道を捻じ曲げられるのはアリスだけ。
だからボクは此処に居る。
(1)eND