人外CP

ビクターxカット/R18

カットの理想との出会い 01

 天気の良い夜は屋根に登る。星空より月が綺麗な夜の方が好きだ。少し寒いくらいが丁度良い。
 明日も仕事だというのに、カット・チェーシャーは屋根の上で自らの尾を抱いて空を見上げていた。彼にとって常識的な睡眠はあまり出来ない。睡眠不足が日常、不眠気味だ。事務と医局からは薬の処方を受けるように言われているが、行っていない。現状を不満に思っていないし、面倒だ。飾りチェーンを巻いた尾の毛繕いをしながら月をぼんやりと眺める。観察しているのでもなく、時間の潰し方だ。星空だったら散歩に出掛けていただろう。
 夕方からの仕事の面子聞いてないな。足引っ張るヤツだったら嫌だな。邪魔だったら、うっかりと言い訳して殺してしまおうか。折角の乱戦なのに邪魔されるのは嫌だ。こっちの人数が多いのも嫌だ、邪魔だ。夜が明けたらナイフの手入れしよう。服は指定あったっけ、制服じゃなかった気がする。
 露出の多い服のせいもあり、夜の冷たい空気に小さく震える。うっすらと鳥肌が立っている。頭にある大きな猫耳は寒いけれど、夜の音を聞くのにひょこひょこと動いていた。抱いている尾が暖かい。睡眠を摂るか迷いつつ、それ以前にまた暫く仕事が詰まっていて風邪を引けないと思い直す。今日の寒さはタンクトップとズボンだけの彼には少し辛い。けれども遠くで鳴く猫の声を聞いていると時間が過ぎていく。
 月の位置がだいぶ変わる頃には、雲一つ無かった空にちらほらと灰色の雲が現れていた。次の晩には厚い雲が広がっているだろう。雨になるかは微妙な所だ。カットの聞く猫の会話でも天気が時折話題になっていたが、遅くになれば雨になると意見が揃っていた。湿度が高くなると毛が重くなるので、雨はあまり好きではなかった。溜息を吐こうと息を吸い、しかし吐く事なくカットは振り返った。体勢を大きく変えるが音は立たない。屋根に片手を付き、片手はナイフに添えられて屋根の上の方に鋭い眼を向けていた。
(気付いていないのか、俺が目的か)
囮役に比べて戦闘員は多い。カットは囮もするが、戦闘の方が多く、戦闘員の間ではより良い仕事を得る為に、こっそりと殺し合いや潰し合いが時折あった。
 少しして、屋根の向こう側から人影がにょっきり伸びる。移動した月のせいで顔は影になって見えない。風も殆ど無いので臭いも解らないし、現れてから暫く動かない影のせいで誰だか判らなかった。しかし、不意に影はクスリと笑うと跳び、屋根に沿うように伏せているカットの傍へ移った。合わせて跳ね起きるカットに影は白い手を伸ばして、その頭に置いてしまった。カットはビクリと身体を震わせ固まるが、直後顔を上げて口を開く。
「ヴィク」
「シェリー博士と呼べ」
尊大な彼の声にカットは片方の口端を小さく上げて笑む。小さな変化で暗闇の中では誰も解らなかっただろうが。
立位置が逆になり顔が見える。白い肌にプラチナブロンド、空色の瞳にモノクルを掛けた、ゆったりとしたフードマントを羽織る男には見覚えがあった。ビクター・シェリー。人間だが彼等と共に仕事をしている珍しい人物だ。科学者と自称し、吸血鬼並みに生きているので、元人間というべきかもしれないが。ビクターは羽織っていたマントを脱ぐとふわりとカットに掛ける。驚いたカットは無表情だがマントを握り、ビクターの出方を窺うように白金の瞳で見上げた。
「明日の仕事に支障を来たすとオレが手抜き出来ず困るからな」
他人に触れられるのを嫌うカットの頭をビクターはそう知りながらくしゃくしゃと撫でる。見上げる瞳は丸きり猫のもので、以前見た時よりも瞳孔が広がっているのがはっきりと見て取れ、ビクターは面白く感じながらカットに手を払われる前に一歩下がる。
「一緒?」
大きな尾がゆらりと宙を動く。カットはビクターを気に入っていた。人間らしいが、人間臭くない。暴走しても止められる程に自分よりも強く、我が強い。虐殺時に自分よりも強い存在があれば、心おきなく好きに動ける。背が自分よりずっと高いのも、強いのも、苛つく程に尊大な時が多いのも、自分の好みだとカットは自覚していた。だが、慣れ合う程に親しくはない。
「だから体調を崩されても困る。そろそろ寝ろ」
(自分だって起きているくせに)
他人の事を言えるのか、と指摘しようとすると、ビクターはその前に屋根の端まで移動してしまう。普段の動きからは理解出来ない移動を彼は時折する。興味が無いといえば嘘になるが、問う程の興味は持っていなかったが、やはり謎だ。そう思っている間に姿は消える。マントから出したままの尾が少し寒い。尾をマントの内に入れて前を閉じるように手を寄せる。
(暖かい)
先程迄ビクターが着ていたからか、暖かい。このままもう少し外に居ても、と思ってしゃがもうとするとマントがそれを許さなかった。急に強張って、つんのめる。
「――!」
慌てて手を伸ばして一回転しつつ着地する。もう一度座ってみようとしたが、やはりマントは拒否した。物のくせに意に反するのでカットは内心むすっとしつつも、それがビクターの我儘だと思うと許せた。自分よりも力の強い人物の強引な面は彼にとって心地良いものだった。但し弱い場合は容赦無く実力で拒否する。
諦めてベッドに入っても良いか。シーツ、冷たいだろうな。マント着たまま寝れば良いか。眠れるかな、眠れそう。
 カットは大きく跳ねて屋根を降りると少し開けておいた自室の窓に移った。ベルトを外してズボンだけ脱いで、ゆったりした物と履きかえるとマントに包まれたままベッドに潜り込む。マント越しのシーツの冷たさを感じながら頭の先迄掛け布団を引っ張り上げる。
 仕事、好きに動けそうかも。弱いヤツばかりだと、俺が熱中しないように後に回して戦わせてくれない。弱いくせに出しゃばる。でも、放置で帰ったからなあ。でも、いっか。好きにしよう。楽しみ。
 ベッドの中でにっこりと笑って尾を身体に巻き付け寒さから逃れると、瞼を閉じた。
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