人外CP
ビクターxカット/R18
カットの理想との出会い 02
今日のカットは機嫌が良かった。足取りがリズミカルだ。普段に比べて目覚めが良かったし、ナイフの手入れも満足に出来た。久しぶりの虐殺の仕事で、しかも制服ではないので身軽で動き易い。体調も悪くない。仕事の人数も、多いと文句を言う程多くはない。天気だけ少し気がかりだったが、あまり気にならなかった。しかし仕事の最終調整で集まっている部屋では機嫌の良い雰囲気のカットを遠巻きにして、独りにしてこそこそと喋っていた。
「何でアイツ機嫌イイんだよ」
「アイツがどうした?」
「お前知らねえのかよ」
「あの調子じゃ今日は狂うな」
チェシャ猫のカット・チェーシャーは勿論イかれている。チェシャ猫にしては珍しい無口だが、彼はとても機嫌が良い時は歌う。旋律の狂った、何を言っているか解らない歌を。過去、彼の歌を聞いているヒトは口を揃えて、ヤツはイかれてると言う。普段の彼は無口で無表情なので、恐ろしげにイかれてると繰り返すのを冗談だと笑うヒトも居る。しかし、実際にイかれている。彼は暗殺ならばそれに至る過程を、虐殺ならば血濡れになって殺人を重ねる事を好いていた。それはカット自身、自覚している事だ。しかし改めないし、自制もしない。狂気ともいえる程だが愛ではない、どちらかといえば嗜好だ、と彼は思っている、が問われないので話した事はない。我を失う程に溺れるのが気持ち良いのだ。理解しろとは思わないが、止められるのは嫌だった。嫌いな事を甘受する彼ではないので、彼を止める実力が無い場合、うっかり殺されてしまったりもする。
「誰が止めるんだよ」
「は!?やらねーよ、未だ死にたくねーっつーの」
「こっちが殺されるのか?」
「知らねーなら黙ってろよ。てか、こんな始まる前から機嫌イイとか、始まる頃に前とか近くに居るだけでヤバいんじゃね」
耳の良いカットには同じ室内で喋っているので殆ど聞こえているのだが、無視を決め込んでいた。別にとやかく口を出す程不快には感じない。睨むだけでも常にある濃い隈のせいか、彼等が余計に怯えるのは経験上解っていた。それよりも、あと数時間すれば始まるであろう乱戦が楽しみで仕方が無かった。普段は己の気分など内側を覗かれるような事は嫌いだが、どうでも良いと思える。
時計は最終調整開始時間をだいぶ過ぎて、最初はカットについて話していた彼等が帰ろうかと愚痴り始めた頃、部屋の唯一の扉が大きな音を立てて開かれた。
「遅くなったな、申し訳無い」
謝罪しているが、下手に出るような口調では無く、遅れる事が当たり前のような口振りだった。それに文句を言おうと部屋の隅で固まって愚痴っていた彼等は顔を上げて口を噤んだ。部屋に遅れて現れたのはビクター・シェリーだった。彼はわがままで尊大、楯突こうものならそれ相応の覚悟が必要だ。
「事務が調整付かなくなったので、オレから言う」
一つだけの机を書類で叩いて、全員を座らせる。全部で十人程だった。カットは最初から前の方に座っていた。
(事務が来れなくなったのって、お前が遅れたからだろ)
尻尾を揺らしながらカットが視線をビクターに向けると、ばっちりと合い不敵に笑んだビクターに、まるで思考を読まれているようで小さくビクリとする。そんなカットを余所にビクターは何事も無かったかのように部屋を見渡して書類を捲りながら地図を表示させて場所の説明を始める。
「この外に出たのはオレが片すから、この中はお前等が殺れ。以上」
事務員に比べてあっさりとした説明に大半のメンバーがざわめき文句を言うがビクターは聞く耳を持たない。時間は丁度移動を始める頃だ。意識していないかもしれないが、計算されているのだろう。手にしていた書類を何処からともなく現れた炎で燃やすビクターに直接文句を言える者は無く、小さく愚痴りながらぞろぞろと部屋からヒトが出て行く。カットは群れるのが嫌いなのでのんびり出ようと思っていた。一緒に移動しろとは言われていない。
声が遠くなるのを待っていようとすると、声が掛かる。ビクターだった。
「早く出ろ。鍵を掛けて事務に返却しなきゃいけねェんだよ」
カットはじとっとした瞳でビクターを見上げるが、ビクターは部屋の灯りを消してしまう。突然暗くなったので瞳孔が一気に開いて負担を感じ、苛っとするが直ぐに消える。ビクターが笑っていたからだ。
「猫の眼は面白ェな」
笑われたのだ、とカットは思ったが不快ではなかった。しかし表には出さず目線を反らして無言で部屋から出ようとすれ違う。その肩にビクターの手が置かれ振り向かされ止まる。振り払おうと腕を動かすが、ビクターは素早いその動きを予想していたようで安々とかわした。
「今日は好きにしてイイぜ」
意地の悪い笑みを浮かべて言い、顔を側に寄せ耳元で囁くように続ける。
「狂っちまえよ」
(好きにして、いい)
初めて言われた言葉に呆っと宙を眺める。フと意識を現実に戻すと、呆けたカットを不思議そうに見下ろす空色の瞳に気付き顔を背ける。そしてそのまま数歩進み、一度歩みを止めた。
(狂って、いい)
少し迷った後、カットは走り去った。
ビクターは日常のようにカットの様子を観察していたが、走り去る姿を追う瞳は少し驚いていた。
「可愛く笑うんだな」
何を考えていたのか、とても嬉しそうに、幸せそうに、楽しそうに、にっこりと、走り去る直前に彼は笑った。きっと職場の誰も見た事はないだろう。普段の素っ気無い態度からは懐かないノラ猫のようだと思っていたが、あの笑顔は甘える猫のようでもあった。無条件に可愛いと思える笑顔だった、と思っている自分に気付いてビクターは小さく苦笑する。
「歳を経ったかな、独りが寂しくペットでも欲しくなったか」
愛玩動物を飼育しようと思った事はない。可愛いと思った事もあまりなく、可愛いと思われるんだろうという目で見て、研究利用目的を考える。自分の中に可愛いと言う感情があった事に小さい驚きと、発見の嬉しさを感じる。同時にそう思わせたカットにも興味を持った。勿論、観察研究という点からだったが。手を抜き楽する為に言ったが、面白い結果が得られたと呟き、扉の鍵を閉める。返却すべき鍵をくるりと指で弄びながら、機嫌の良いビクターはマントをはためかせる。黒いコートやマントは彼の特徴の一つだ。はためくのは、熱中している研究がある時か機嫌の良い時だけだ。それを知っている者は殆ど居らず、絡む理由を作る事を恐れて振り返る者の居ない廊下を足早に過ぎた。