人外CP
ビクターxカット/R18
カットの理想との出会い 03
既に探索担当から目標達成の報せを受け、仕事仲間はビクターの帰還せよという言葉に喜んで帰っていった。殲滅作業を殆どカットに任せて、カットから逃げているばかりだった。あれなら殲滅担当をもっと減らして、逃走対応にもっとヒトを回せば良かった。情報をやり取りするのが面倒で一人でやろうとしたのが失敗だった。ビクターは森の中を移動しつつ溜息を吐く。手伝うという申し出は面倒だから良いが、礼くらい言っても良いだろう。ビクターの好きにして良いという言葉と、仕事仲間がサボるついでにカットから逃げたせいで何時も以上にカットは血に酔い我を失っているようだ。噂を信じるならば、仕事での怪我は殆ど無いが、この暴走を止めるのに怪我を負うらしい。理性のあるカットでも十分腕は立つが、殺戮狂となったカットは仲間でも殺される場合がある。ヒトの存在を知られるのは困るので、止めるなり殺して持ちかえるなりしなければならないのだが、どちらも難しい。普段はどうも多人数で一気に仕掛けて派手に潰すらしい。しかしビクターは品の無い戦闘は嫌いだった。数打っちゃ当たる戦法は彼の美学からは反する。それに、一度だけ以前仕事を共にした時も暴走し、止めた経験があるので策はあった。
森の向こうに気配を感じた。殺気を殺そうともせず、ゆっくりと移動しているので判り易い。視界が開けると直ぐにそれと解った。
「出来あがってんな」
ビクターが苦笑交じりに呟くと、ゆらゆらと動いていた影は止まりビクターを見定める。逃げたくなるのも解る、と思いながらカットの変貌ぶりを観察した。
色の薄い横縞に色の違う髪の毛も、じっとりと血を吸って重く張り付いていた。服も黒く、赤く汚れている。特に長いアームカバーは酷い。長い袖の先からチラリと両手のナイフが見える。カットの得物は二本のナイフで少し反り返り、両刃でどちらにも棘のような小さな刃がついている。能力重視で飾り気は無いが、優雅な曲線はそれだけで美しい。一番他人に触れられる事を嫌っている尾だけが殆ど汚れておらず、影に入ると尾だけが浮かんで見えた。原作でも似たような状況の表現があったかな、と思い出そうとして、それ以前に血塗れは無いか、と苦笑する。ビクターは興味深げな視線を向ける。普段は白金のカットの猫眼は興奮の為か金色になり、所々で上がっている炎に煌めいていた。
ゆらゆらと進める足、猫らしく丸くなった背のせいで普段より小さく見える。油断すれば一足に跳びかかられて刺されるだろう。緊張すると共に目標達成、殲滅を確認してからさっさとヒトを帰したのは正しかった、と思い直す。並の手練では対処出来ないだろう、彼と同程度の実力でも集中力が違う。精神異常者の集中力は時として跳ね上がる、日常は散逸しているようでも、条件が揃えば一般人では追いつけない程に。そういえばチェシャ猫か、と思い出す。猫ならばマタタビは効くのだろうか、効くならば今の状態とどう違うのだろう。好奇心が膨れ上がるが今はそれどころでは無い。兎角、歌を止めなければならない。前回は多少苦戦した覚えがある。今の状態の彼には学習能力があるのだろうか。疼いた好奇心に素直に従う。
前回と同じような近付き方をし、剣を抜く。反応は同じように思えたが、行動に移せば的確に避けられ、ナイフが躍り込んだ。
「うん、イイね」
無駄の無いように避け、追撃がしつこいので跳ぶ。攻撃の最中も不安定な旋律で歌う姿は薄気味悪いが、ビクターは楽しげだった。昨晩と同じように跳んだが、その先には既にカットが移動していた。
身体能力も上がっているのか。昨晩は認識出来ていなかった。それともあれから学んだか。
重く動きの素早い二つのナイフの動きに一本の剣で対処しながらビクターは何時の間にか笑みを浮かべていた。現在の支部から数名が移動してから数年、戦闘員としての実力はほぼ最高で面白いと感じた事はなかった。素早く、しなやか、動きは立体的で予想を時折越える。ビクターの認知速度が一般の人間のように遅ければ、とうに死んでいただろう。研究成果を使って動体視力や筋力を増加していなければ、久しぶりに戦闘で辛いと思ったかもしれない。その事がビクターは楽しくて仕方が無い。
「別にキミのように戦闘に狂ってはいないのだがね」
しかし、何時までも振り回されるのは彼の許せる所ではなかった。ビクターの動きを探る瞳と眼を合わせると、ビクターはとびきりの笑顔を見せる。女性の多い場所で見せれば、ざわめき見詰められるだろう笑顔だったが、血に酔い切ったカットは動揺しない。容赦無い重いナイフの一撃を受け止めさせる。本命はもう一方のナイフだったのだろうが、ナイフと剣が接触した途端爆発が起きて、驚いたカットは跳び退った。
「そろそろ大人しくしなさい」
その先には既にビクターが移動していて、空中で体勢を整え攻撃に転じようとするカットに薄く微笑む。ここで立て直される予定は無かった。しかしそれでもビクターの打つ手はカットを止める。剣の代わりに手にした鞭がカットの身体に巻き付き、地上に打ち付けた。解けずに暴れるカットにビクターが近付くと、束縛されているなりに体勢を整え牙を向ける。その額にトン、と指で突くと殺気は消え、カットは崩れた。
戦闘の途中で降り出した弱い雨でぬかるみ始めた地面にカットは気絶して倒れる。ビクターは少し見下ろして、自らの手を視界にかざす。一本の赤い線が手の甲に走っていた。
「まさか、噛まれるとはね」
降り始めた雨を見上げて、途中で脱ぎ捨てたマントはもう駄目だ、と溜息を吐く。それから足元の気絶した猫を見下ろして、置き去るか持って帰るか悩む。馬でも生き残っていれば乗せて帰れば楽なのだが、このイかれた猫は動物を殺し尽くした。残念ながら周囲の生物は植物だけだ。置いて帰るにしても、人間型を取っていないので、もし人間に見られたら困る。
「仕方無い」
溜息と共に呟いたビクターは小さく口の中で音を連ねる。止んだ時にはヒト型だったカットの姿は無く、血と泥で汚れきってかろうじて縞模様と判る猫が転がっていた。小さい猫だったが、ビクターは重そうに持ち上げて、何処からともなく現したマントを羽織った。雨を避けるように被ったフードのせいで黒い影と化した。
ゆるゆると意識が浮上する。閉じたままの瞼越しに差す明かりが眩しくて掛け布団を引っ張り上げてベッドの深くに潜り込む。シーツが冷たい。最近は冷えるようになってきた。もう少し眠れそうだ、と意識を深くに落とそうとして、毛布を跳ね除けて起き上がる。しかし途端に冷えた空気に包まれた身体を毛布の中に戻す。
「起きるなら起きろ」
掛かった声に、もぞもぞと耳だけ外に出す。
「珈琲は飲むのか?紅茶の方が良いのか?起きろ」
毛布とシーツの隙間でぴくぴくと動く、白に近い紫と薄藤紫の縞模様の猫耳に声を掛ける。
(俺の部屋じゃない)
何か機器が沢山動く音がする。湯を沸かしているらしい音も遠くに聞こえた。そもそも部屋の大きさが違う。ベッドも大きい。目覚め切らない頭で、起きろという言葉に従おうとベッドから出て、自分の身体を見下ろす。何も身に付けていない。寒い筈だ、とややズレた思考でベッドから毛布を奪って包まりながら声の元を探す。
「紅茶。ぬるいの」
欠伸をしてうっすら目尻に涙を溜めながら言う。ベッドと同じく大きいせいでずるずると引き摺っているが、寒さに耐える為には仕方が無い。
「猫舌か」
楽しげな声に、馬鹿にされたと思って苛立ちを感じたが、声の主を捉えた途端、消えてしまった。
「ヴィク……」
自分が居るのは彼の部屋なのだろうか。何故彼の部屋に居るのか、記憶は無い。存分に血に濡れて、楽しく気持ち良かった事くらいしか覚えていない。
「シェリー博士と呼べ」
そう言って振り返ったビクターは一瞬ぎょっとする。毛布の塊が居たのだから仕方が無いだろう。しかし汚れた服は棄ててしまったし、彼に合うサイズが無いので裸のままベッドに突っ込んだのを思い出す。一昨日と先程の様子から寒がりらしい彼が素っ裸でベッドから出るとは思えない。
「未だ熱いからな」
そうキッチンのテーブルにマグを一つ置く。白い湯気がゆるりと立つ向こう側には綺麗な茶色が見えた。匂いから、彼は珈琲を飲んでいるのだと判る。わざわざ別の物を淹れてくれたのだ、と思いつつマグの前の椅子に座る。勿論毛布は下敷きにしていた。鼻を近付けて匂いを嗅ぎながら湯気が暖かいのか目を細めるカットに、ビクターはシャツを投げる。
「お前の着ていた服は始末した。部屋を暖めるから取り敢えずそれを着ろ」
これだけか、と無言で見上げるカットに紅茶を飲んだらもう一度風呂に入れと言う。きょとん、と首を傾けたカットにビクターは溜息を吐いた。
「流したにしろ、未だ血液臭い。昨晩の報告はしてあるからゆっくり入って良い。その間に服を用意してやる」
臭いと言われてカットは腕に鼻を押し当てる。確かに人間臭かった。途端に気分が落ちて、良い香りのする紅茶を飲もうとして、失敗する。
「熱ッ」
時折する事なので取り乱す事はないが、舌を火傷した。舌の先がひりひりと痛む。しかし、気付いた臭いは疎ましくて、紅茶の湯気に鼻を突っ込む。その一部始終を見ていたビクターは隠しもせず笑う。
「忠告しただろうが」
笑いながら怒られても、面白くないも恐くもない。無表情のまま抗議の目線を送るが、ビクターは満足する迄笑った。