生死ベクトル

奈津x静雅

<節度のない恋> 02



 周囲に居ないタイプだから興味が湧いたのか、それともお節介癖が出ているだけなのか、奈津は静雅の寝顔を見詰めながら悩んだ。直ぐに答えは出さなくても良いと判断して、眠ったのは数時間後。
 翌朝先に起きていたのは静雅で、時折ふらつきながら呆としていて奈津は少し焦った。飲ませ過ぎたと反省する。食欲は無いと言うので白湯を与え、飲んでいる合間に、謝罪を交えつつやや強引に家迄送ると約束した。
 礼に茶でも、と静雅の言葉に甘えて部屋に上がる。一人暮らしで本が多いようであちらこちらに転がっているが、基本は質素。静雅の思考は読書から来るのか、と考える。居酒屋で趣味を問うた時に読書と言っていた事を思い出した。
 何故とは解らないまま、離したくないという気持ちは認めていた。きっと、このまま帰ってしまえば、お互いを知らなかった頃に戻ってしまう。
「また、一緒に酒飲もう?遊びに来ても良いかな」
部屋を眺める奈津を見ていた静雅が一拍置いて、首を小さく傾げた。静雅との会話は少し言葉を選ぶ。普通だったら前提にする物事の理解が直ぐに出来ないし、思い付かない事もままあるようだった。
「静雅が嫌じゃないなら、昨日みたいに遊ぼう。また、こうやって話したりしたい」
昨晩を思い出しているのか、静雅の視線が少し離れる。再び奈津へと戻すと、小さく頷いた。途端、奈津は内心ガッツポーズをするが、でも、と呟いた声に顔を上げる。
「でも、なんで僕と?」
「え、友達だから?」
自然に出た奈津の言葉に、今度は奈津が首を傾げた。癖が移っているのか、静雅の傾げたままの姿につられたのか、と奈津は片隅で考える。
「友達って、誰と誰が?」
「俺と静雅が」
今度は反対側に首を傾げた。奈津も暫く傾げたまま、静雅の思考を考える。
 ああ、そうか。静雅にとっては非日常だったか。呼んで、安心させたくて笑みを向ける。
「俺と友達になって下さい」
握手を求めるように手を出せば、他人に触れられるのが苦手らしい静雅は恐る恐る手を出した。すかさず握って、少しでも近付く。
「ヨロシク、静雅」
触れても平気なのだと教えるように、握手したまま眼を合わせた。ふらりと視線が揺れる。動かない表情のせいで瞳の動きを追ってしまう。考えている時に視線は合わない。決めてしまうと、彼はしっかり眼を見る。答えを出さずに逃げてしまうのは、未だ見ていなかった。
「宜しく」
奈津が思ったよりも時間を掛けて、静雅は言った。
 数日後、奈津が静雅の自覚した初の友人だった事が発覚した。奈津は喜んだが、静雅はその内情を理解しなかった。




 何時の間にか読書を中断した静雅の視線に気付いて、笑みを返す。大した作業も勉強もしていたわけではないので、奈津は手招きした。栞を挟んだ本を置いて、隣に座った静雅の髪に指を絡めつつ撫でる。
「なにを考えてたんだ?」
手が止まっていたから、と問う静雅に奈津は苦笑した。
「あの雨の日と友達になった日を思い出してた」
ああ、と静雅は眼を細める。転がるような出会いだった、と静雅は思う。
「僕を女性だと勘違いしたな。身長は無いが、胸も無いのに」
「キレイだって一番に感じたんだ。男に綺麗だなんて思った事なかったし、スレンダー美女だと思った」
慌てて奈津は言った。静雅は気にしてないのに、と思いつつ小さく苦笑を漏らす。
「本当にキレイだって思っただけで、やましい事なかったんだ。疑われても可笑しくない関係になったけど」
引き止めるように絡む奈津の指に応えて、静雅は奈津に身体を預けた。
「でも、勘違いしなかったら、ナツは僕に手を貸そうとは思わなかっただろうから、良い」
擦り寄る静雅を猫のようだと思う。素直に甘えるようになる迄、時間が掛かったような直ぐだったような。
「静雅、キスしたい」
小さく笑った静雅の頬に手を当て、掬い上げると目元にキスを落とした。静雅は擽ったそうに身を捩り、咎めるような瞳で奈津を見上げた。静雅からの接吻を待ったが、薄ら乾いた唇を舐める舌につられて身体を屈める。静雅は上体を捻って首に腕を回した。



タイトル<節度のない恋>
W2tE様より、太宰讃選