生死ベクトル

静雅

<死ぬことだけは、待って呉れないか。僕のために。> 静雅編

 ナツが静雅、と泣くから、死にたくなっても何も出来なくなった。

 昔から、自分は絵の中に居るようだと思った。気付けば、輪の中には入れない。眺めて真似てみたり、勧められたりして輪の中に参加する。すると、彼等は何か違うなという空気を出す。その前に、薄皮一枚通したような感覚に困惑する。それが気持ち悪くて、結局自分からヒトの輪から離れてしまう。そうして、他人と関わる方法を忘れた。家族にも諦められて、大学進学と共に一人暮らし。時々病院に呼ばれて、心底面倒そうな顔をして何時も同じ注意をして、帰る。申し訳無いとも思うけれども。でも、時折この欲求は箍が外れて吹き上がる。
 普通じゃないんだなと、初めての時に理解した。たしか、中学生くらい。周囲が猥談に花を咲かす間、図書室で本を読み漁っていた。世界との隔絶をどうにかしたくて、でも出来ない。読書による疑似体験で飢えを満たしていた、そんな時期。突然、不意に衝動的に腕を切った。机と周囲を血で汚して、気を失った僕が見付かった頃には傷口は塞がっていた。翌日病院に連れて行かれ縫った。心療内科を勧められたが、両親が良しとしなかった。僕を持て余しているのだろうと思っていたが、それ以上に外聞が気になるのだ、と後から解った。他人にそれが向かわないだけマシだ、と言っていた。薬は入院する事が多いので辞めろと言われて以来、家庭用の薬は知らない所に置かれた。
 何度か繰り返して、理由を問われたりもした。問われてやっと、理由なんかなかったのだと気付く。言葉を探すなら、欲求だ。そういう欲求が、何故か僕の中にある。突然やってくるあの衝動は、酷い痒みや飢餓のように耐え難い。一気に沸騰するそれは、考える暇も無く僕に行動を強いる。
 他人を観察して、読書による疑似体験ばかり繰り返した僕に関わろうとする奴が現れた。他人同士のコミュニケーションは想像し易いが、自分がその中に入ると解らなくなる。面白がって近付き、奇妙がって離れていく。どうせまた、一緒だろうと思ったのに、ナツは付き纏って楽しそうに笑った。大学でも会うようになって、暫くしてあの欲求が来た。
 閉め忘れた玄関から入ったナツが気絶した僕を見付けて救急車を呼んだ。病院側から親に伝わって、親と会ったナツが泣いた。直ぐに帰った親にナツが愚痴って、残ったナツは腕の内側や手首に残った幾つかの痕に触れて、泣いた。
 切った後は欲求が引いた安堵なのか、満たされたからなのか眠くなる。失血による意識混濁だと説明されたが、それよりも先に眠くなると思う。血が出て、己を傷付けた事を確認すると途端に眠くなる。

 ゆらゆらと眠れそうで眠れない倦怠感に身を委ねていたら、ナツが来た。勝手に入るから放置。友達ならば饗すべきなのかもしれない。瞼を上げられずに音のする方向へ顔を向けると頬を撫でられる。眠気で起き上がっているのが辛く、触れる手に体重を掛けるとベッドに押し込まれた。
「静雅はもうちょっと用心しないと。俺じゃなかったらどうするんだよ」
どうもしない、と思うだけで言わない。
「キレイな外見してるんだから、襲われたりするんじゃないか不安なんだけどなあ」
伝わらないねと笑って、おやすみと頭を撫でられる。カーテンが閉まる音を最後に眠りに落ちた。
奈津編


タイトル<死ぬことだけは、待って呉れないか。僕のために。>
W2tE様より、太宰讃選