生死ベクトル
奈津
<死ぬことだけは、待って呉れないか。僕のために。> 奈津編
妙なヒトを好きになってしまった。
好きになると、彼の独特な価値観だとかのんびりとしたテンポだとか、そういった彼を変人としている全てを許容してしまう。許容というなら同性なのに、戸惑いは小さかった。彼は大概の事に興味がなさそうで、意外に周囲を見ている。見ているけれど、彼にとっては関わらない筈の事らしく自分がその中に入ると戸惑うし理解出来ないようだ。
押してしまえば何でも受け入れてしまうので、本当は嫌がられているのではないかと不安になる。でも、嘘は吐かないようで問えば嫌いな事は嫌いだとはっきり言う、どうでも良いが口癖なのに。食事の時は特に好き嫌いをはっきり言う。
普通の中で生きてきて俺には解らない事だらけ。同時に知らない思考を持つ彼に惹かれる。物珍しいだけだと彼は言うけれど、知れば知る程惹かれていく。どうしようもないなと思って、認めてしまえば簡単な事、恋だ。そう自覚したは良いものの、どうするか。仲良くなった今では、彼に恋愛感情をそもそも持っているのか謎だと思う。ついでに、男を好きになったのは初めてで、どうすれば良いのか解らず困る。取り敢えず、静雅の家に入り浸ってみたり、食事を作ってみたり。静雅は危機感が無い。戸締りはしない方が多いし、外でも平気で構わず眠る。美人なのに、自覚が無いらしい。お蔭で勝手に部屋の出入りが出来るんだけど。
進退窮まったある日、静雅が腕を切って部屋で倒れていた。血塗れの腕に驚いて、パニクって取り敢えず救急車を呼んだ。命に関わるものじゃない、と言われたが病院に運ばれて数針縫った。使っているのを見た事の無い携帯電話と財布だけ持ってきていて、病院側から彼の家族に連絡が行った。慣れた様子で医者と言葉を交わし、帰ろうとする。堪らず会わないのかと声を掛ければ、面倒そうにしつつ驚いて友達かと尋ねられた。そうだと返せば、辞めた方が良いと言われて、言葉に詰まった。そのまま帰ってしまった彼の親に投げ損なった不満を目覚めた彼にしてしまった。静雅が目覚めた安堵と、やり場が消えてしまった怒りに涙が溢れた。包帯が巻かれた腕で宥められた。何時もの事だし、自分が悪いのだと言う。医者に彼が何度も同じ事を繰り返していると説明された。知らなかったと言えば驚かれた。知らなかった自分を悔やんだ。悔やんで、また泣いてしまった。
好きだと思っているのに、そんな事すら知らずに押し掛けていた。謝ったけど、彼は気にしていないという。医者の言葉で調べてみて、そういう話題をしたけど静雅はストレスを自覚していない。彼は自分が何処か他人事のように思えているのではないかと思う時がある。そういえば文学部とは知っていたけれど、心理学系の学科という噂があった。
時々、彼は見ている世界を教えてくれる。文系なのかと思えば、その思考は時々理系だった。生と死は対極のものとよく言われるが、彼の中では違うらしい。死があるからこそ、生が輝き必死になるのであって、逆ベクトルでは相殺し合ってしまう。普通のヒトは、その二つのベクトルがなす角が鋭角だから、死に向かって生を走る。けど静雅は、生が死と同じ向きで生の欲求と死の欲求がイコールで結ばれている。それが静雅の思考。
勝手知ったる静雅の家。夕方に上がり込んで、窓際でうつらうつらした彼を見付ける。ズボンだけ部屋着、彼はタイトな服を好む。近寄れば眼を閉じたまま顔が少しこっちへ向く。思わず頬に手を当てれば避けられないので調子に乗って撫でた。余程眠いのかそのまま体重を掛けられて、傍のベッドに横にさせる。毛布を掛けて、何時も彼が眠る時のように包ませる。
「静雅はもうちょっと用心しないと。俺じゃなかったらどうするんだよ」
気を許した態度を嬉しく思いつつ、危機感の無さに少し苛立つ。
「キレイな外見しているんだから、襲われたりするんじゃないか不安なんだけどなあ」
伝わらないねと苦笑する。彼の睡眠は不安定だ、眠れる時に眠った方が良い。おやすみ、と囁いて頭を撫でれば睡魔との戦いを辞めた。カーテンを閉めて寝顔を堪能する。温めるだけで済むように食事を作って、勝手にご褒美という事で額にキスして帰る。また明日会えるって、思えるから。