ShortStory

ML/[君の本気を垣間見る]の続き

R18君の本気を垣間見る (犬兎1)

[睨み合うだけマシ]

詰まらない会議に唯兎は辟易していた。
結局、どうしたいんだと叫びたい。そもそも、何が出来るのか全く考えていない者が新しい事で生徒の気を引こうというのが、浅墓だ。読書離れ、理系離れ、なんでも興味関心から離れていると文句を言って、それならお前等は生徒の興味を引き出すような授業をしていないじゃないか。
姿勢だけはよく、机の上の資料に目を落として唯兎は無言を貫いていた。
改善提案のされない、問題だけを並べた資料なんか塵だ。会議をしているだけで、体裁を繕い許されると思っているのではないだろか。

賢大は内心溜息を吐いた。進まない議題と、今回で決議に至らなそうな会議。そして、なによりも機嫌の悪い唯兎に、だ。折角、理系で何か企画しようとい事で唯兎に近付くチャンスだったが、これだけ気分を害していれば、まともな会話すら望めないだろう。
「会議の途中で、大変申し訳無いのですが、」
不意に唯兎が口を開いて視線を集める。期待混じりのソレにチラリと興味無さそうに周囲を眺め、資料を閉じた。
「小テストの採点がありますので。先日の流出問題で持ち帰り出来ませんから、職員室に戻ります」
進展があれば呼びつけて下さい、と棘の含んだ言葉に数人が慌てて視線を逸らす。
カチリと合った視線に久しぶりだ、と賢大は思う。唯兎が異論の有無を待つ間、交わった視線はそのままで、賢大は貶されているようだと感じ、内心言い訳した。
下っ端の下っ端のオレが提案した所でどうこうならないでしょうに。
別れの挨拶と共に視線が外れる。瞬間、鼻で笑いつつ資料を引き寄せた。
自分の無力に舌打ちし掛ける。ここですれば勘違いされると慌てて自制し、周囲に気付かれていないか、こっそり見渡した。

結局、長々続いた会議は収穫無しに終わり、なんかやりたいなあ、という堂々巡りだった。
無為な時間を強要されて賢大は盛大に疲れていた。侮蔑の篭った唯兎の視線を思い出して、堪えもせずに溜息を吐く。
「おうおう、物理代表お疲れ」
「猪野先生……、」
数年後には別の高校に移ると噂の理学担当の高齢の教師だ。賢大からは同じ物理学で先輩に当たるが、現在は物理担当ではなく、地学と情報を担当している。以前物理の受け持ちだった事と、情報授業の補佐をしている事で賢大は猪野と親しい。猪野も面倒見が良く向上心を持つ者が好きなので、教えやすい授業を模索する賢大によく口を出す。
地学担当として出るべきだったんじゃないか、と言い返そうとして辞めた。
討論する程の精神力が無い。
熱い珈琲がたっぷり入ったマグを置かれて賢大は礼を言う。
化学と同じ部屋を使っているので、ビーカーで飲むという幻想を持たれがちだが、それならマグを持ち込んで温めたって変わらない。しかも、猪野が緑茶派なので珈琲はインスタントで加熱時間が長すぎて不味い。
「聞いて下さい、羽咲先生なんて途中で抜け出したんですよ」
想像に容易いと猪野は豪快に笑った。歳にしては起伏の激しい感情をよく晒す。生徒に慕われる要因だろう。
「もう羽咲も数年居るから慣れっこなんだろ。理系でも一番下じゃなくなったしな」
次はお前だ、と暗に言われて賢大は机に突っ伏した。
癒しが欲しい。
「ま、やっぱり進展は無かったな。今後も何も無ければ報告しなくて良い。というか、俺は先に帰る」
湯呑みをさっと洗い、猪野は既に纏めていた荷物を肩に賭けた。じゃあな、と手を振る猪野に挨拶する。
来週の授業の準備をしてから帰りたいが、気力が無い。不味い珈琲に砂糖とミルクを注ぎ込んで、エネルギー摂取を狙う。
見送った扉の向こうで少し揉めるような話し声が聞こえた。
疲れた精神に鞭打って様子を見に扉を開けた。
「ほれ、柴が居るから勝手に使え」
ぐい、と唯兎が猪野に押されて理科準備室に押し込められる。断る唯兎を無視して猪野は再び去っていった。

「唯兎、」
呼ぼうとして、きつい目線に制される。
唯兎は勝手知ったる様子でマグに紅茶を淹れ、窓側で飲んでいた。机に座らないのは他人の荷物が多く、賢大が居るからだろう。
「羽咲先生はよく飲みにくるんですか」
「猪野先生と話しをするからな」
どんな、何時、と詮索したいが如何せん疲れているし、相手の機嫌も悪い。
外へ向けていた顔を戻して、眉を寄せた。
「疲れて、さっさと帰ってるだろうと思ったのに」
「無意味な会議と上の様子見、流石に帰る気力がありません」
我ながらキレのない嫌味だ。見るだけで癒しだった唯兎さんが途中退場した分、時間の浪費が堪えた。
修学旅行以来、定期会議以外で顔を見ていない。避けられているのか、意識し過ぎで、そう感じるだけなのか賢大には判断出来ない。
「お前が提案でもすれば良かったのに」
今度こそ言葉に出されて、賢大はめげそうになる。
そんな能力が自分にあるものか。
「羽咲先生こそ、提案なされば良かったんじゃないですか。貴方の意見なら皆、耳を傾ける」
言えば、は、と笑われ。
「それは私が参加する提案なら、だろう。やる気の無い奴と同じ企画をする気は無い」
「オレなら、」
普段なら見下ろす顔に見下されて、不思議な圧力を感じる。
「オレは貴方となら、努力を尽くして実行します」
暫し、無表情で冷たい視線に晒されて、疲れよりも相対している事だけで一杯になる。
唯兎は綺麗というか、美しいというか、なによりも整っているという言葉が当てはまる顔をしている。愛想の無さに人形のようだ、と貶すヒトも居れば、美しいと褒めるヒトも居る。
容姿について兎角言われる事に慣れ過ぎて、辟易するどころか、信じなくなっていた。
なるべく表面に感情を出さず、笑顔を見せず、ヒトを近付けない。嫌悪の表情すら、滅多に見せる事がない。
「妄想を語られるのは不快だ」
「唯兎さんは逃げたじゃないですか」
疲れていると、普段なら受け入れられる言葉に苛立ちを覚えてしまう。
言い返された唯兎はすっと目を細めて少し首を傾げた。
さらりと重力に逆らわない髪、窓から差し込む日で暗くなっている顔、鋭い瞳。恐怖に背筋が冷たくなると共に、綺麗だと内側が熱くなる。
「俺が居なくなってから、お前が話を進めれば良かっただろう」
また次回もある会議、浮ついた幻想。強引に迫りつつも、何処か一歩引いて様子を伺う態度。腹を据えろと怒鳴りたくなる。
「貴方に強要させろ、と」
確かに離席した唯兎に、その後決まった事に拒否権は無い。押し付けられても仕方無いと思いつつ、あの無駄な時間の浪費に唯兎が耐えられなかった事くらい、賢大にだって察する事は出来た。
どれだけオレが見てると思ってんだ。
「たとえ貴方が諦めていても、オレは貴方に強要したくない」
解りませんか、と奥歯を噛む。
唯兎は苛立ちを真直ぐ向ける賢大を無言で見下ろした。無言のまま、窓枠に預けていた身体を起こし、数歩近寄る。
「お前、本気で言ってるのか?」
低い声と一瞬逸れた視線に、賢大は何を指して言っているのか理解した。
確かに強引な面もあった、理性だって飛んだ。
「オレは唯兎さんから選択肢を取り上げた覚えはありませんが」
「本当にその言葉を信じられるのか?」
疲れと酒とクスリで、それどころではなかったのは解っている。言い訳染みている自覚もある。
それでも、本気で嫌だったのならどんな手段を取っても唯兎なら回避した、と賢大は思う。それ程、賢大は唯兎を評価し期待している。
「唯兎さん、」
呼んだ瞬間にかち合っていた視線が外れ、唯兎は空のマグを洗いに行ってしまった。

猪野先生とは親しげだったから、頻繁でないにしろオレの居ない時に来るんだな。
ぼんやり冷めた珈琲をちびちび飲みながら賢大は溜息を吐いた。
折角、久しぶりに喋ったのに。
「唯兎さん、好きです」
言ってないな、と思って呟けば扉を蹴られた。物凄い音に飛び上がり、黒い人影にはっと立ち上がる。
慌てて開けてみれば、去っていく唯兎さんの背が。
少し早足に隠せない苛立を感じ、賢大は小さく笑う。
返しそびれたマグは明日にでも職員室の机に置かれていて、回収するハメになるだろう。それくらい安い代償だ。
朱い校内に、戸締りして帰ろうと戻る。上手くいけば、駐車場でまた会えるかも。
END?

タイトル[睨み合うだけマシ] meine様よりお借りしました
タイトルは憎悪嫌いシリーズから、内容は恋愛好きシリーズから「喧嘩のようなじゃれ合い」を