現在の生存者は、独り者のパジー、流され者のマーズ、遊び人のヤン、チェシャ猫のチェシャ、世捨てのディーイー、殺し狂いのカット、狂博士のビクター、妖飼いのトーキ、主選びのシロ、一途な三月兎のハーレ、身体縛りのイン、精神縛りのツウ、無邪気な吸血鬼のヴァン、出来損ないのアース、時計兎のラビの十五名。
鐘と野犬の遠吠えが村に響く。同時に宿の外で、重い物が地面へ叩き付けられるような鈍い音がした。気付いた数名が顔を見合わせ、気付かない者は何かあったのかと彼等を窺う。
「直ぐ外だ」
窓には安宿に似合わない重いカーテンが掛かっていた。近くに居た者が恐る恐るカーテンを捲り、部屋の灯りに使っていた蝋燭を別の者が持って近寄る。
「――ッ!」
「……どうやら本当に人狼が居るらしい」
無残な姿になった楽天家。美しい金髪も血脂に汚れて鈍くなってしまっている。
「本当に死んでいるのか?」
確認していない者が言う。それを窓の外を見た彼は寂しく笑って応えた。
「外に出れば良い。触れる迄もなく、解るだろう」
扉を開けた途端にむわっとした臭気が彼等を襲う。死体は彼が使っていた窓の下で、宿から少し離れていて窓から投げ出されたのだ、と直ぐに解った。ディーイーとビクターが一応死亡の確認を行う。鮮やかな金髪と兎耳からマーチで間違いが無い。
「ポスターのマーチの所、死亡になってる」
ヴァンの言葉に続いてハーレが議事録を広げて言った。
「議事録も進んでる。生存者の名前が並んで、最初の頁のような文章もある」
全員が議事録を確認していると、チェシャが本を自分の椅子に放ってマーチが使っていた部屋を見に行くと言った。
「オレ一人で行って、後で難癖つけられるのもイヤだから誰か来ねェ?」
死亡確認をした二人を誘い、二階の一番奥の部屋へ向かった。
遺体の状況から三人は惨状を覚悟していたが、部屋は綺麗なままだった。マーチが持ち込んだ酒瓶が殆ど空になって床に転がっている。ビクターは小さなクローゼットを漁ったが遺品は無かった。ディーイーが窓から遺体を見下ろす。未だカーテンが開いていて漏れた灯りで若干確認出来た。チェシャは一度訪ねた時にマーチが座っていた椅子に座る。特に違和感は無い。
「抵抗しなかった様だな」
ビクターの言葉にチェシャは頷く。
「お前が珈琲を運んだ時は生きていたんだな?」
ディーイーの問いにも頷いた。
「部屋こんなだったな」
フと持ってきたマグカップの持ち手が向こう側で空になっている事に気が付いた。手に取って中を覗き込むが空っぽだ。チェシャにビクターが声を掛け、チェシャはマグを置いて二人を追う。あまり此処で話し込んで階下を放っておくのは宜しくない。議事録外では何をしているか把握出来ない。偶然にも今は人狼と同じ三人だ。詰まらない事で疑われるのは御免だった。
三人がロビーへ戻ると、集まっていた十一人は各々の椅子に座っていた。所々置かれたローテーブルにはハーブティーがあって、マーズとハーレが用意したのだという。外の死体にはラビがシーツを掛けた。滲んだ血で死んだばかりだと感じた。
Vict『結論から言えば、マーチの部屋には何も無かった』
DE『血痕一つ無かったな。状況から殺害現場だと思ったが、どうだろうな』
Ches『そもそも殺害現場とかあり得ンの?[ゲーム]はそっから狼見つけるんじゃねェじゃん』
Hare『それには同意するが、チェシャもラビも知人が死んだのに冷めてるんだな』
Ches『は、宣言されてた事に動揺しろと?しかもさァ、オレ等三人仲良くねェよ』
ぎゃはは、と笑いながらチェシャはハーレの言葉に反論する。
Rabi『ボク等の世界では彼が死ぬ事は珍しい事じゃなかったし』
Ches『本当の死じゃなかったケド、何度も死んでた事は事実だしなァ』
Rabi『毎回それなりに悼んだし、今回が本当に最後だったとしても同じ事だ』
Hare『まあ、お前等が人前で泣いた方が異常か。仕様も無い事聞いて悪かったな』
ハーレの謝罪にチェシャとラビが気にするなと首を横に振った。
Cut『それで、これからどうする?』
Pass『今日から吊り投票がある』
Vamp『全員揃っていないのに、今決めて良いの?』
Yan『ツウとインにはオレが伝える』
Vict『でもトーキとシロが居ない』
Hare『情報が確定するだろうって時に居なかったのはどうかと思う』
Mars『同意はする。だが、誰も居ろとは言わなかった』
ハーレの厳しい言葉にマーズがフォローする。そして大きな欠伸をして続けた。
Mars『正直、疲れた。一応、死体を生で見たのは初めてで精神的に辛い。正常な判断が出来るとは思えない』
Eart『うん、眠い……』
Vict『オレも夜は眠る、規則正しい生活が基本だから辛い』
Mars『能力者はCOするか考えてくれ。明日からは死者が出るからな』
Hare『占い師がこの時点で何も言わないなら、今日の結果は白なんだろうな』
Vict『能力者に出るつもりない可能性のある状況で、透けを誘う発言は止めた方が良い』
二人の会話にカットが首を傾げた。内容を理解してはいたが、何処か違和感があった。マーズがアースを連れて議事録を片手に宿を出る。引っ張られていくアースは大欠伸をしていた。使っていた家に着く迄に眠ってしまいそうだ。ビクターはカットに声を掛けて立ち上がる。カットはワインと議事録を手にビクターを追った。パジーとヤンも宿を出る。パジーが議事録を持って行こうとすると、ヤンももう一冊取ってパジーの分も持つ。ヤンが読むのかと問うようなパジーの眼に、ヤンは笑って双子に渡すと応えた。ハーレも疲れた様子のヴァンに手を貸して議事録を持って宿を出る。ラビは暫くチェシャに眼を向けていたが、チェシャは気付かないフリをして宿を出る面々を眺めていた。ラビは小さな溜息と共に席を離れて議事録を持って出る。宿に残っているのはチェシャとディーイーだけだ。
Ches『マーチが使ってた部屋、オレが使うワ』
DE『片付け手伝おうか?』
Ches『いーや、酷く散らかってねェし。質問飛ばすのって黒星だっけ』
チェシャの問いにDEが頷いた。
Ches『TokiSiroInTu★[夜明け]に居なかった理由があれば教えて』
DE『■1、COについてさせるべきか否か。■2、今日の占い先、投票先』
Ches『わざわざ議題にするディーイーって、やっぱ面倒見イイよネ。□1能力者の任意。正直、占いは黒引かなきゃ意味無いしー。霊は受け身な能力だからなァ。人外四人も居るから確定情報出さない為に騙ってくるんじゃね。話題にはなるだろうけど、本物の能力者の方が村人ぽくない時が困るってかァ』
DE『でも騙りにきたら最低一人は狼側が出てくるだろう?』
Ches『狂人だけだったらァ?吊っても白だからその役職はどっちも吊らないと、疑念は残る。人狼が出てきても、霊能力者が生きている間に吊れないと、能力者全員殺すハメになる』
DE『どちらも二人出てきていたら、結果は割れる可能性もある。能力者が一人も襲撃されず能力者を見定める事が出来なければ、全員を吊る事も考えなければならない』
Ches『全部で吊り縄は七本、内四本をそれに充てられる?残り三本、一人しか外せないゼ』
DE『□1ステルス出来るならCO無し、ステルス出来ないならCO。CO直後から全員がその役職か否かの強調発言』
Ches『あー、それイイね。ニセモノだけ出られても困るし、上手く回ればニセモノ出ないで済むかもネ。まァ出ないってのは期待してねェけどー』
チェシャが席を離れてキッチンへ向かう。DEは議事録を手にして二階へ上がった。暫くしてチェシャは珈琲を片手にマーチが使っていた部屋へ向かった。
トーキとシロは村の中を歩き回ったが、彼等が探すモノは一匹として見付からなかった。
「こんな空気なのに一匹も居ねェとか、ありえんの?」
「マーチが特殊能力は失くなっていると言ったのは、本当の事なのでしょう」
トーキの愚痴にシロが溜息を吐く。既にトーキが他のシキを出せない事、声を聞けない事、それ以前に人ではないモノの気配を感じられず、視れなくなっているのは判っていた。シキであるシロと気のやり取りも出来ない。
「このままじゃお前飢えるだろ」
「食事すれば良いだけですよ」
「お前、人間の食事は好きじゃないだろうが」
溜息を吐くトーキに、シロも溜息を吐きたくなる。自分の為に動いてくれるのは嬉しいが、他人に理解されない行動を取り不信感を助長させるのは吊る理由になる、とシロは思っていた。主の命令に殆ど従わないシロだったが、それでもある程度は大切なのだ。しかし、この村を生きて出て、元の世界に帰る事は無理だろうともシロは思っていた。
「トウキ、そろそろ休んだ方が良いでしょう」
二日間、拘束されていない時間は村の中を動き周り、殆ど調べ尽くした。出られる場所も無ければ、シロの腹を満たすようなモノも居ない。シロは頷き、前の晩使った家に向かうトーキを追いながら考える。歳の近い友人は殆ど居らず、唯一は坊主の幼馴染。周囲の人間は老人ばかりで、人ではないモノは殆ど獣の姿なので、ペットに近い。そのせいか、何処か達観したような、本来より精神年齢が上な印象はあるが、子供の心を知らないだけだ。本人の自覚が無いので、シロは自分がどうにかするしかないと思った。しかし、[ゲーム]に勝ち生き残る事に本当に意味があるのかシロには解らなかった。
本日発言していない者は、妖飼いのトーキ、主選びのシロ、身体縛りのイン、精神縛りのツウ、以上四人。
特殊な能力を持つ人は、十二時迄に行動を確定して下さい。
朝になり、一番に宿屋のロビーへ来たのはトーキとシロだった。シロの作る食事を二人で食べていると、ディーイーが身支度を整えて降りてきた。
「議事録は読んだか?」
「未だ」
ディーイーは見た事のない料理と食器に戸惑いつつ、シロに勧められるまま席を共にする。箸の使い方は簡単に説明されたが、直ぐに使いこなす事を諦めてスプーンとフォークで和食を食べた。
「チェシャが質問しているし議題も上がっているから、喋った方が良い」
議事録は未だ、昨晩のチェシャとの会話で終わっていた。チェシャとビクターが来て、チェシャは紅茶を淹れ、ビクターは自分で朝食を作る。チェシャにカットは、と問われて首を横に振った。
「オレの猫だが飼い猫じゃないから、行動は把握してない」
ビクターは言いながら、カットの体調を心配していた。ベッドは乱れていなかった。ビクターの知る限り食事はほぼ無く、睡眠も摂取していない。元々拒食と不眠の嫌いがある。何時死ぬか判らないので、面倒が見れる間にどうにかしなければとビクターは思っていた。そろそろカットは限界の筈だ。
「ビクター、どうかしたか?」
思考に耽っているビクターに気付いてディーイーが声を掛ける。ビクターは人好きしそうな笑みを浮かべると、大問題ではないと首を横に振った。
「そろそろ猫の管理もしなきゃならん」
「猫ってオレも猫なんだけどォ」
ぎゃは、と笑うチェシャにビクターはカットの綴りが猫と同じであると説明する。本人はその呼び名を嫌っているが、ビクターの方が実力があるし、カットもビクターを博士と呼ばないしで、ビクターに対しては甘んじるしかないのだ。
食事を終えると彼等はロビーの自分の椅子に座り、議事録を広げた。トーキとシロは昨晩の議事録を読む為で、他の三人はマーチが他人の発言を聞きながら、議事録を見ていた事から学んだ為だ。過去の発言を確認出来る事は案外に便利だ。
Toki『Ches☆マーチの言葉を信用していなかった。[ゲーム]を信じていなければ[夜明け]を重要視はしない』
Siro『Ches☆シロと共に村を調べていました』
DE『随分長く調べてたんだな』
Toki『……色々試したかったからな』
シロは内心溜息を吐く。どうせ周りも変な者ばかりなのだから、喋ってしまえば良いのに。
Siro『特殊能力が失くなるなら、気になる事がありまして』
柔らかく微笑むが吊目のせいでシロの笑みは何か企んでいるようにも見える。トーキが余計な事だと言うような眼をシロに向けた。
入口のベルが鳴る。[夜明け]に居なかったインとツウだ。
「はよー」
インは軽く挨拶をすると、ツウの手を引き椅子に座らせ手を繋いだまま隣に座る。二人の仲を隠しもしないので、チェシャが冷やかした。ツウは俯いたがインは嬉しそうだった。
Tu『……議事録、読みました』
In『Ches☆兄さんと二人の時間を過ごしたくってー。それに子供は寝る時間だろ?』
Tu『Ches☆僕がインに我儘を言ったんです』
In『兄さんは人見知りで、人の多いトコしんどいの。俺も他人好きじゃねーし、兄さんの事大好きだから他人にあんまり見せたくねーし、しんどい事させたくねーし。前日頑張ったから昨日は休んだの』
インが主張しているとパジーとヤンが現れて椅子に座る。
Yan『ツウとインが病んでるってのは赤ん坊の頃から面倒見てるオレからも言うぜ。二人共自殺未遂歴あるし、未だに世話掛かるし』
Pass『でも、二人共素敵な人』
パジーはインとツウに向けている憧れを隠さない。友人に近い存在だが、互いに友ではなく知人だと思っている。インとツウからすればパジーは共通の玩具のような、歳が近く遊ぶ為の存在で、パジーは二人を敬愛している。いや、寧ろパジーの中では崇拝の対象に近いかもしれない。彼等の住む館に憧れるが、無いもの強請りだとパジーは理解している。
Yan『お前も大概ブッ飛んでるよなァ、パジー』
Pass『ヤンに言われたくない、色情狂』
パジーの言葉にヤンは肩をすかして苦笑しただけだった。否定はしないらしい。
扉が派手な音を立てて開かれる。アースが勢い良く走って入っていき、マーズがその後に続く。ディーイーがアースにベーコンエッグを乗せたパンを渡すと、アースは喜んで席に座って食べ始めた。マーズがそれにゆっくり食え、よく噛めと注意して飲み物を取って座る。
Toki『ところで、本当にマーチを殺したのは人狼で、この椅子のある十五人の内の誰かが殺したのか?』
DE『どういう意味だ?』
Toki『十七番目が存在して、殺したとは考えられないのか?だって、彼は部屋に居て、ある意味密室の中で殺された』
Vict『一人死んでいるのに[ゲーム]を疑うのか?』
Ches『まー、自分の役職ぱっと知っただけで、他は不思議な事はあるケドって感じは解るケド』
Toki『もし十七番目が居るなら、呑気に[ゲーム]を信じていたって次々に殺されるだけだ』
Eart『ボクもこの中にマーチを殺したヤツが居るって考えたくないなー』
食事を終えたアースが口を挟む。意見が二分していて雰囲気が悪かった。
そこへハーレとヴァン、ラビが現れる。これで椅子は十四埋まり、カットだけが居ない。
「何の話してんの?」
ハーレの笑みは人を惹きつける。アースがにこりと笑い返した。三人は議事録を開いて椅子に座る。
Hare『十七番目、ね』
Vamp『探さないと気が済まないなら、協力はするけど』
ラビは少し考えて、首を横に振った。
Rabi『ボクは時間の無駄だと思う。でも、やるなら人数の多い今の内だ』
Mars『カットは来ないが、このまま議論しても仕方が無い。多数決にしよう』
Vict『人狼側が票を重ねて、無駄足を踏ませようとしたら?』
DE『こんな事でそれを恐れては吊り投票は出来ないだろう。ついでにCOの可否も問いたい』
ビクターはディーイーの言葉に理解を示して、マーズに票の集計を促した。
CO推進:パジー、トーキ、シロ、ハーレ、イン、ヴァン、ラビ
CO保留、能力者に決定委任:マーズ、ヤン、チェシャ、ディーイー、ビクター、ツウ、アース
十七番目捜索:ヤン、トーキ、シロ、イン、ツウ、アース
するなら協力:マーズ、ディーイー、ヴァン、ラビ
十七番目否定:パジー、チェシャ、ビクター、ハーレ
十七番目の存在を否定した四人は仕方無い、と空気を滲ませる。
Vict『十七番目の捜索をするとして、COはどうする』
Ches『カットの一票で決まるのって何かなー』
DE『能力者の判断に委ねよう。もしCOが出たら、その能力を有しているか否かを直ぐに強調発言で回す』
Mars『議事録にあったな。どう回す?』
DE『もし占COが出れば、自分は占いが出来ない、出来るのどちらかを回す。他の能力には触れない』
Vict『狩人に関しては回さない方が良いな。狼のCOに乗せられて本物が出てしまうのが怖い』
Pass『でも、狩人を含めた能力者が吊られそうだったら?』
Rabi『名乗り出るべきだろう。何もないまま吊る損の方が大きい』
Ches『混乱は起きるだろうけどネ』
Mars【COは強調発言で行い、その能力に関してのみ強調発言で全員がCOを回す。能力者は吊られる前にCOする】
DE【決定了解】
Ches【りょーかい】
Vic【決定了解】
Hare【決定了解】
Vam【決定了解】
Pass【決定了解】
Rabi【決定了解】
Toki【決定了解】
Tu【決定了解】
In【決定了解】
Yan【了解】
Eart【決定了解】
数人が了解と言うと、思い出したかのように全員が発言する。
回り切るとビクターが注目を集めて言った。
Vict『占いと投票は十七番目の捜索後にしないか?猫が居ない』
Ches『同じ猫のオレが言うのもアレだけど、カット大丈夫なの?この時間来ないとか、発言少ないとサー』
Vict『だからお前等が十七番目を捜す間にオレが猫の面倒を見る。元々睡眠も食事も最低限、いや最低限以下しか摂取しない』
ビクターはハーレに同意を求める。
Hare『ああ、拒食と不眠は医者にかから忠告されている。親友としても心配だ』
Vict『貧相だが頑丈な身体でそれに頼った生活をしていたが、マーチの言う特殊能力の範囲だったんだろう。人間の身体とほぼ同等になったのに順応せず、何処かで動けなくなっているかもしれない』
呆れた溜息を吐いてビクターは立ち上がりマントを羽織った。
「見付けたら一度は此処に連れてくるから、質問があればしておけ」
議事録を片手にビクターはカットを探しに宿を出た。
ビクターは一人で村の中を歩きながら面倒そうに溜息を吐く。モノクルの機能が残っていれば直ぐに居場所くらい解るのだが、今は自力で探さなければならない。自身の研究で強化した身体も元に戻ってしまっているので、どうにも不便だ。村で一番高い場所、鐘楼を最初に探したが居なかった。ビクターが使っていた家の屋根にも居ない。鐘楼の次に屋根の高い家を探して、村の一番奥の家に近付いた。屋根から白っぽい尾が垂れている。
「猫」
下から声を掛けると、聞こえていると示すように尾が揺れた。逆さになっているのに、尾に巻きつけられた飾り鎖は毛に引っ掛かって落ちなかった。
「オレが迎えに来てやったんだから降りてこい」
尾が壁を軽く打つがカットは降りてこない。
「未だ動けるだろう、これ以上オレの手を煩わせるな」
白に近い紫と、極薄い紫の縞の尾が大きく揺れて消えた。少しして、屋根の横からカットが顔を覗かせる。
「取り敢えず、宿屋に行くぞ」
無理矢理に食事をさせられると思っていたカットは、小さく首を傾げると屋根から降りて傍に寄った。左耳のリング状のピアスに指を掛けて引くとビクターは笑う。
「こんなのも避けられないくせに、オレに歯向かうな」
痛みで尾がしゅんと下がり、カットが大人しくなる。
「解ったら、返事は?」
「出来るだけ従う」
ビクターはカットに議事録を渡して宿に戻りながら、放っておけばまた独りになりたがるだろうと思った。カットはそれなりに行動力を有しているが、その分独りになって充電が必要なのだ。何もしない時間が必要だが、自覚があるかどうか判らない。
カットが自分の椅子に座る頃には昼になろうとしていた。思っていたよりは議事録が伸びていた、とカットは小さく尾を揺らす。どうやら他に誰も居ないのは十七番目の捜索に出ているらしい。
Cut『村の探索は無駄だな』
ビクターに押し付けられたサンドウィッチをゆっくりと押し込むように食べていた。
Cut『COは回すなら面倒だからFOしてしまえと思うが、能力者が隠れたいなら良いんじゃないか』
Vict『このまま猫を放置すると衰弱して突然死しかねないから、今日は寝かせる』
Cut『未だ死なない』
食欲が無いのに食べなければならなくて、カットの耳は完全に伏せられている。身体は限界の筈なのに、とビクターは内心呆れる。
Vict『お前、何日眠ってない?その食事は何時以来だ?ここ数日、ワインだけしか口にしていないだろう』
ビクターの指摘にカットは反論出来ない。問い詰める空色の瞳からは逃れられない。
Cut『着いてから眠ってない。ワイン以外にも飲んでる。それより、投票はどうする?』
Vict『自分に入れておけば良い。PP懸念は無い。今後お前の突然死懸念が続く事の方が損だ。そもそも自分の体調管理出来ないお前がこれ以上我儘を言うな。オレの決定だ』
Cut『何時もそうやって俺に食事と睡眠を押し付ける』
カットは不平を言うが、本当に反抗しているのではなく何処か嬉しそうだ。自分より強い者に跪かされるのは嫌いじゃない。
Vict『[夜明け]前には一度来るつもりだが、来れなかった時の為に現時点での希望を挙げる』
Vict【●シロ○ディーイー▼トーキ▽アース】
Vict『十七番目探索は無駄だという意見を変えない。よって、その提案者と推進者を吊りに、その周囲の者を占いに希望する』
少し考えて、カットも希望を挙げた。
Cut【●ツウ○イン▼アース▽マーズ】
Cut『「ツウ、イン、ヤン、パジー」に一匹、「マーズ、ディーイー、チェシャ、ハーレ、ビクター」に一匹か二匹、シロ、ヴァンは白、トーキはSG、が今の予想。勘だから理由は問うな。問われたらその時考える。村探索の提案に一番乗ったアースを吊り希望』
Vict【ビクター、カットの処刑は自分に投票】
Vict『[夜明け]前に宿に来れば変更する』
ビクターは本棚から自分の分の議事録を出してマントを羽織る。
Cut【投票を自吊りにセット】
Cut『俺は占い師ではない。今日の占いに関係出来ない時点で俺の非占は透けているので言っておく』
Cut【占COを回す必要は無い】
「行くぞ、猫」
議事録を閉じて椅子に置くとカットはビクターを追った。
特殊な能力を持つ人は十二時迄に行動を確定して下さい。
十七番目の捜索は無駄に終わった。丁寧に行ったせいで結構な時間が掛かってしまった。更に、早くから暗くなるせいで既に夜のように暗くなった頃、やっと宿屋へ戻った。宿屋のロビーにはカットとビクター以外の十二人が揃っている。
Ches『カット、マジで全然寝てなかったんだなー』
DE『初日の最後に来たから四日か。しかもワインばかりとは身体に悪い』
Mars『ま、Dr.シェリーの居る間は何とかなるだろ、この様子じゃ』
Pass【十七番目は居なかった】
Yan『わざわざ言う必要あんのか?余計ヘコむだろー』
Pass『二人の所には議事録があるから、情報伝達』
殆どの者の手には議事録があったが、ヤンはパジーのを覗き見るから必要無いと判断し、アースは食事に夢中で議事録は足元だ。
Mars『Cut★後付けでも良いから勘の中身が知りたい。ただの興味だから余裕があれば』
Ches『Cut★探索無駄って言い切った理由。他は理由説明してンのに、してねェ理由もあるならヨロー。てか、カットって言葉少ないクセに大事なトコはチャンと説明するんだなァ。まァ勘ばっかだけど』
ぎゃは、とチェシャは楽しそうに笑う。同じ猫だから親近感があるのか、チェシャはお喋りな自分と比べる。
Ches『あ、あとVict★コレどー思う?』
ガランと扉のベルが鳴った。扉を背にしているチェシャ以外が眼を向ける。ビクターだ。
DE『カットは良いのか?』
「食事をさせて寝かせた。明日の朝か昼頃迄は眠ってるだろう」
黒いマントを椅子に掛けて座り、議事録を広げて膝に乗せた。
Vict『Ches☆[ルール]に例外は無いだろう。カットが説明を省いたのは必要無いと思ったからじゃないのか。勘については知らん。アイツは行動も思考も自由過ぎる。オレが[ルール]に例外が無いと思った理由は二つ。一つは、マーチは基本であり絶対な[ルール]だけを語った。二つ目は憶測だが、マーチはゲームマスターではなくただの案内人である』
Mars『基本だけだったか?若干戦術に踏み込んだ話もあったと思うが』
Vict『問われたから話しただけだ。マーチには出せないが持っている情報もあり、公開は彼の一存では無かった、と考えている。だからゲームマスターではないと言った』
Ches『ま、回答サンクス。オレは満足』
チェシャはにたりと笑う。この話はチェシャだけ余計に情報を持っていて、危うい。昨晩のマーチとのやり取りを思い出していた。チェシャは無駄な疑いが向けられるのは嫌だった。
Hare『ゲームマスター云々の話はどうやっても答えが出ない』
Ches『ハーレもカットと親しいって言ってたよネ。さっきの説明の有無の差どー思う?』
Hare『アイツは元々言葉が少ないから、説明している方が正直驚くな。必要最低限しか口に出さないし、他人に理解されたい欲求は殆ど無い。説明しているのは、それなりに他人を想ってだろう。無駄な議論の原因になる』
ハーレがそう言ってチェシャに笑顔を向けると、チェシャは何時もの笑みを浮かべて大きく尾を動かした。
お互い笑顔で腹の探り合いをしているようだ、と思いながらトーキは指摘する。
Toki『でもやっぱり村の探索は無駄じゃなかったと思うけどな。後々やっぱり不安だ調べようになっても、人数が減っていたら短時間で済まないし。やっぱり実は十七番目の連続殺人でした、とか笑えねェし』
Mars『まあ、既に一人死んで生死が掛かっているだろう事は事実だな』
Toki『でも、あの時はマーチが宿屋の二階に居て、十一人がこのロビーに居た。二階へ行くには此処を通らなければならないが、誰も上へは行かなかったし、行けなかった』
DE『だからもう一人居ると?四人は確かに宿の外に居て犯行に及べないかもしれないが、それ以上にあの死体の状況は説明出来ない。確かにあの上に窓があり投げればあの位置にはなるだろうが、見ただけで死亡確認出来る程の外傷とそれに伴って血塗れだったにもかかわらず、二階には血痕一つ無いんだ』
Toki『だから、それを行えるのは人狼だけって?方法はゼロじゃない。可能性は潰せる所から潰さないと』
[夜明け]に宿に居なかった四人は死体を直に確認はしていない。血の滲んだシーツ越しに見ただけで、今は地面に残る血痕だけだ。昼間の内に死体は移動させていた。
Ches『ねー、その議論て意味あんのー?ぎゃはは』
Vict『早くこのゲームを終わらせる事こそ犠牲者を減らす道だ』
嘲笑うかのようなあからさまな笑い方にトーキは眉を寄せるが、パジーが頷きヤンが口を開く。
Yan『正直、昼間動いたから疲れてるしさあ、さっさと決める事決めちまって開放してくんね?』
ヤンはともかく彼の弟二人はさほど体力が無いし、基本引き籠りなので辛いだろう。ヤンは双子の弟を溺愛している。
Eart『ぼく、も、眠い……』
食事を終えたアースも椅子に座りながら時々ふらついて眠そうにしている。マーズが心配そうに注意を向けているが席が離れているのでどうしようか迷っていた。ヤンが気を利かせてアースにクッションを渡す。アースは靴を脱いで椅子に足を上げてクッションを抱いて顔を埋めた。
Mars『済まない、ヤン』
Yan『ガキの面倒は慣れてるから気にすんな』
軽い笑顔と共に手を振ると、マーズはほっと息を吐いた。
Mars『それで、今日の占いと投票はどうするんだ?』
Eart『皆で自分に入れるとかー』
Mars『眠くてアホなお前は黙ってろ』
DE『まあ、面白いとは思うがな。人狼側が票を重ねれば人を殺せるな』
Toki『でも自分に入ってないヤツが人狼って解るだろ』
Siro『人狼側もそれくらい解りますよ。結局、ランダムになるのがオチです。人間の方が死ぬ確率は高い』
Vict『そもそもランダムになって能力者が死んだらどうする』
Mars『吊れる回数は限られている。ランダムは無駄だ』
Ches『まー、投票結果は真実だからネ。吊占の意見やらと合わせて大切な情報源だよねェ』
Rabi『まるで殺せる事が利益のような口振りだな』
In『だって、唯一の対抗策が吊りじゃん?占霊狩あったって狼三匹全滅させなきゃダメなんだぜ?』
Tu『イン、言い過ぎ……』
ツウは繋いだ手をきゅっと引く。同時に加速していた発言が止まる。先の見えない切羽詰まった状況に焦りを感じている者が多いのだ。
ハーレは気不味くなった空気の中、聞こえるように溜息を吐いて言った。
Hare【●チェシャ▼トーキ】
Hare『村の探索の提案も、結果が出た後の間延びした議論もトーキから始まっている』
Vamp『僕もトーキとシロは信じられない、かな。でも占充てるくらいなら、吊りたい』
Ches『オレ占い希望なのなーんで』
軽く聞くチェシャに思わずハーレは失笑する。
Hare『自分で聞くのは怪しく思えるな。質問はチェシャばかり飛ばしている。情報が無くて探りを入れている人間か、ボロを出させようとしている人狼か、仲間探してる狂人か』
Ches『えー、だって星マーク使いたいじゃーん。ま、知りたいのも事実だけどネ』
Ches【●ツウ○アース▼ヴァン▽トーキ】
Ches『吊りは無口と寡黙は違うよなーって。シロが次点。シロの発言をトーキが止めてる印象があるんだよネ。占いは黒だったら放置怖いトコ。どっちも余裕のある今のウチって事』
In『兄さんは無口ってよりは俺以外の他人が嫌いなの』
Tu『イン、良いよ……。僕は困らないもの』
In『兄さん、戻る?』
顔色の悪いツウを覗き込んでインが手を握った。
Yan『ツウもインもお互いに投票すれば良いから、議事録持って戻れ。な?』
Tu『……そうする。行こう、イン』
誰も止めないので、双子の二人は一つの議事録を一緒に持って宿を出ていった。
パジーがずっと扉から目を逸らさないのにヤンは優しくその頭を撫でて笑う。
Yan『だいじょーぶだって。団体行動した事ないし、昼間外を歩き回ったから疲れただけ』
Pass『送った方が良かったんじゃないの』
Yan『そうだったらオレがしてるから気にすんな。悪いね、不出来な弟で』
ヤンの言葉に皆が首を横に振る。インもツウも日に焼けず細い身体をしている。外に出ず、内に引き篭っているのは外見からも察する事が出来た。
Rabi『寧ろこの状況に早くも順応しているマーズ、チェシャ、ディーイー、ビクターの方がボクは理解に苦しむな』
Rabi【●チェシャ○ビクター▼ディーイー▽マーズ】
Mars『俺が慣れてる?他は喋ってるから、そう感じるのは解るけどな』
Rabi『確かに比べれば喋っていないが、喋っていないヤツと比べれば喋ってるし、理解も早い』
Mars『まあ、情報整理は仕事柄、慣れてるからな』
Mars【●ヴァン○チェシャ▼トーキ▽シロ】
Mars『占いは黒狙い。吊りは放置だと後々判断に困る。占っても結果が割れそうだから吊り』
Vamp『結果が割れる?』
Mars『本来の結果がどうであれ、黒白どっちでも納得しやすそうだからな。放置して結局占っても、本物が生きていても、騙りの狼が出てきて判定を偽って発表しやすい。占い師が死んでいれば偽黒を出されるだけ。シロとトーキについての判断は序盤にしておかないと不味い』
Pass『マーズは[ゲーム]は簡単に終わらないと思ってる、で良い?』
Mars『ああ、そうだな』
ロビーの空気はマーズに同意していた。人狼三匹は簡単に吊れない。
Pass【●ラビ▼イン▽チェシャ】
Pass『三人なら誰が占吊でも良い、全部黒狙いだから』
Yan『派手な行動だなァ』
ヤンが苦笑する。空気を読まず他人を気にしないパジーがヤンは少し心配だった。
Pass『でも、勘。ボクは論理的な視点だけで見抜けるとは思ってない。現時点での狼予想はその三人。強いて理由を考えるなら、今日の出来事は[ゲーム]に振り回されているだけで配役は関係無い、かな』
DE『パジーの思考に同意するが、マーズの吊りに対しての態度にも同意する』
DE【●ビクター○ツウ▼トーキ▽シロ】
DE『トーキとシロは単独行動が目立つ。インとツウからの説明は納得したが、二人には隠し事があるように感じた。改善を期待する事も難しそうだ。チェシャが無口より寡黙は、と言った事も理解を示したい。喋れるのに喋らない者はどうしても疑ってしまう。ヴァンは改善出来ると期待している。インとアースは問えば答えるだろうから今回は処理無し。ツウは今の内に占いを当てる。ビクターを第一占い希望にしたのは、喋る者の中でもし狼だとしてボロが一番出ないと思ったから』
Hare『同調が多いな』
DE『他人の意見と同じなら説明は省くべきだが、全くしなければ思考は伝わらない』
Hare『まあ、自分の意見が無いわけじゃないみたいだから気にしてないよ』
Siro『改善を期待出来ない、と判断した理由を聞いても良いですか?』
突然、久しぶりに口を開いたシロにトーキが咎めるような眼を向ける。しかしシロは無視を決め込んでディーイーに返答を求めた。
DE『昼間の探索中の行動と言動から。時折、不思議な行動をするが聞いても説明が無い。明らかに情報を隠匿している。決め付けるようで済まない』
Siro『いいえ、解っています。有難う御座いました』
目礼してシロは膝の上の議事録を閉じた。同時に大欠伸をしたアースがクッションを抱き直し、目元を擦りながら言う。
Eart『んー、オレは振り回されてるっての人間っぽく思うんだけどー』
Eart【●ディーイー○マーズ▼シロ▽ハーレ】
Eart『占いはごめん、身内。いきなり吊る度胸も無いけど、狼だとは思えないから色見たいってワガママ。吊りは何となく信用出来ないシロと、ハーレはトーキ吊りに重ねてきたから吊れそうってみた狼かなあって』
Mars『それなら後半に重ねてきた俺やディーイーの方が怪しいだろ』
Eart『そうかな、そうかも。でも、あからさまに怪しいトコに怪しいヒトは居ないってゆー』
DE『まあ、一理あるな』
Eart『基本は勘とワガママですー』
さっき迄椅子に押し付けていたアースの髪に癖がついているのに気付いて、ヤンは黒髪に指を通して直しつつ優しく笑った。
Yan『ワガママでも言うだけ良いよ。まったく我が弟は二人で完結してどうしようもねェな』
Yan【●ラビ○チェシャ▼シロ】
Yan『[ゲーム]を疑うなら案内人の知り合いの二人の色が見たいなってだけ。シロは喋らなきゃいけねー状況を理解してるのにトーキを説得しないから吊り。白黒なんか見えねーよ』
Vict『随分、適当な思考だな』
Yan『オレはバカなの。論理的思考とか何ソレ、オレは本能のままに生きる』
言い切ったヤンにパジーが溜息を吐いた。状況を理解するだけの頭はあるだろうに、行動には反映しない。ヤンは空気を読んでも現実を見ない。何もかもが軽い、とパジーは思う。
占いと吊りの希望がだいぶ上がってきていた。未だ明示していないのはトーキ、シロ、ヴァンだけだ。ヴァンはハーレに続いて少し言っただけで満足しているのかもしれない。ビクターも宿に戻る事があれば変更する可能性を示唆していたが、未だ変更はしていない。
Vict『前の意見を変更する』
Vict【●アース○ディーイー▼トーキ▽シロ】
Vict『前の発言からシロとアースを入れ替えた。最初の意見と殆ど変わらない。トーキとシロについての意見は他の吊りに挙げている理由と殆ど変わらない。それから、議事録を見直して気付いたが、二人のCO推進発言と十七番目探索は矛盾に思える。COの推進は[ゲーム]を認めているようだが、十七番目の存在を考えるには[ゲーム]の存在を否定的にみている。よって、トーキを吊り、アースの色を見る』
Mars『それならインもCO推進で十七番目の捜索を求めていた。協力すると言った奴まで含めるとヴァンとラビもだ。彼等は何故挙げない?』
Vict『彼等がその矛盾に気付けたと思わなかったからだ。ヴァンは解っていたかもしれないが、それよりは他人の意見に合わせる事に重きを置いたと考えた。これだけ意見が出揃っている中で、彼はハーレの後に同意しつつ意見を言っただけだ』
Hare『正直、騒ぐ程の矛盾だとは思わないけどな。Dr.シェリーの人物見解には同意する』
Vict『他人の行動を読むエキスパートの君に賛成して貰えるとは、嬉しいな』
ビクターの発言に数名が首を傾げた。疑問に思わなかったのはハーレの仕事を知っているヴァンと興味が無い者だけだ。
Hare『オレは人を騙して接近して依頼を果たすのが仕事。オレって存在に大半の奴は勝手に狂い、誘惑される。それを使って他人の無意識を操作出来たけど、今は無理だな。能力として取られてる』
Vamp『謙遜が入ってる気がしないでもないけど。無意識を無意識でも意識的でも操作出来るじゃない』
Hare『どっちにしろ今は無能だけどな』
苦笑するハーレに場の空気が変わる。同じように力が使えなくなっている者の同意と、不安の中少しでも他人を知る事の安堵。ビクターとヴァンは能力が無くなっても似たような事をしている、と思った。
(Vi) Cu Ha Va Ch Tu In Ra Ma Pa DE Ea Ya Vi To Si
●(Si) Tu Ch -- Tu -- -- Ch Va Ra Vi DE Ra Ea -- --
○(DE) In -- -- Ea -- -- Vi Ch –- Tu Ma Ch DE -- --
▼(To) Ea To To Va In Tu DE To In To Si Si To -- --
▽(Ea) Ma -- Si To -- -- Ma Si Ch Si Ha –- Si -- --
少し緩んだ空気がディーイーの一言で一気に変わる。
DE『全く占いと吊りの意見を言っていないのは君等だけだ』
殆どがトーキとシロに眼を向ける中、マーズはディーイーに眼を向けた。しかし直ぐに逸らしてしまう。
Mars『ばっさり言うんだな。占い先に対する意見は散っているが、吊りはほぼ固まっている。二人の意見がどうであれ、多数決ならば変わらない』
DE『彼等の意見によっては、他の意見が変わる可能性もあるだろう』
ディーイーはトーキもシロも発言出来ると思っていた。喋れない理由があるのだろうが、喋りたくないだけで、他の事は話せるのではと考えて発言を引き出したかった。しかしその期待をトーキは裏切る。
Toki『俺のやり方は変わらない。[ゲーム]に未だ疑問はある。不審な行動と言われるが、これが本当に[ゲーム]だとすれば、それに関係が無いから説明義務は無い。それでも意見を言えと強制されるなら誰でも。吊りは俺かシロだろう。占いは占い師が出てない以上意見を言ってもその情報が出るか、他者の意見が反映されるか解らない』
それだけ言うとトーキは議事録を閉じて立ち上がった。そのまま宿屋を去ってしまう。
Siro『私からは何も言う事はありません。失礼します』
シロも議事録を置いてトーキを追い宿屋を出る。暗闇の中、髪や服が白いシロは浮かんで見えた。
暫く沈黙が続いて、ヴァンが徐に口を開く。
Vamp『自分の意見はさて置き、寄って集って虐めたようで気分悪いな』
Hare『そう言ったって、結局は投票して誰かを殺さないといけないんだよ』
Vamp『自分が生きる為に他人を殺すのは慣れてるけどね』
はあ、と溜息を吐いたヴァンが議事録を閉じた。
Hare『占い先の希望はばらついている。占い師の自由で良い、か?』
Mars『初回から黒が引けるとは思ってない。自由で、もし黒を引けば明日の発言初回で結果を言う。占った理由を添えれば良い』
Yan『理由が必要?結果で決まりじゃねーの?』
Mars『人狼側の騙りが出た場合に判断材料になる』
Pass『ボクは正直、今日の発言で白黒が見えるとは思わない。未だ[ゲーム]を信じていない、つまりは自分の今の立場を認めていないヤツも居る。今日の行動に役職が反映されているかは解らない』
Vict『案内人は[ゲーム]側で、彼の死だけでは[ゲーム]を現実には出来ないと?』
Pass『マーチはゲームマスターではなく案内人であるという、貴方の仮定は理解してる』
Yan『パジーは頭悪いけど賢いよな。ダメだ、オレばかだー』
Mars【●自由▼トーキ】
Mars『最終決定で良いか?アースがもう寝落ちするから連れて行きたい』
Ches【決定了解】
Ches『今日は解散でイイんじゃねェ?』
Vict【了解】
「状況に慣れていないのは猫だけじゃない。[ゲーム]が長引けば他に体調を崩しかねないヤツも居るだろう」
議事録を閉じて立ち上がり、本棚からもう一冊取るとビクターはマントを羽織って一度カウンターの奥へと消えた。
Yan【りょーかい】
Yan『オレは欲求不満になりそー。弟が心配だから出る。パジー行こう』
Pass【決定了解】
パジーが議事録を持って立ち上がると、ヤンはカウンターから酒を探して軽食を取り、軽く夜の挨拶をして扉を開けるパジーの後をヤンが追った。奥で探し物をしていたビクターも黒いマントの下に全てを入れて宿を出る。
ヤンが空けた椅子にマーズが移ってアースに声を掛ける。眠り始めでぼんやりしているアースからクッションを奪って発言を促した。
Eart『んー…、ぼくは反対だけど従うよ。おやすみ』
マーズが眠そうなアースを引っ張っていく。背負おうかと途中で問うたがアースは歩ける、とぼんやりと応えた。
議事録を捲っていたハーレがヴァンに裾を引かれて頷く。
Hare【決定了解】
Vamp【決定了解】
ハーレとヴァンは議事録を手に立ち上がる。ヴァンから議事録を受け取りコートを着るのを待って二人は宿を出た。
ディーイーの思考は既に議事から離れていた。次の[夜明け]にはトーキともう一人が死ぬ。投票が乱れランダムになる可能性は無いとディーイーは考えていた。
DE【決定了解】
DE『明日も生きていれば食事を作る。元の生活の基礎の端だから、気分転換だ。好き嫌いがあれば言ってくれ』
軽く溜息を吐き議事録を持って二階へ上がる。見送ったチェシャが椅子の上で身体を伸ばし、ぱたんと勢いよく議事録を閉じた。
Ches『オレも寝よーっと。あ、オレ猫舌。食欲有るってシアワセ』
Ches【決定了解】
議事録を持って椅子から離れるとカウンターからワインを探し出し、尾を揺らしながら二階へ向かう。途中でちらりと一人残ったラビを見たが、ラビは気付いていないようだった。
ラビは宿屋のロビーから人が減る中、向かいの壁のポスターを眺めていた。ずらりと十六人の名と、先程の占いと吊りの希望集計結果が記されている。昼間のCOや十七番目に関しての集計は議事録に移っていた。マーチの名の横には死亡の文字がある。
Rabi『正直、ボクは未だ実感出来ない。マーチが死ぬ事はボクの世界ではよくある事だった。ボク等の世界は円環を描き続けて物語を紡いでいた。物語が終われば、傍観者以外は記憶の一部を失くして蘇る』
誰も居ない中袖を少し捲って腕に刻まれたハートの傷跡を見下ろした。記憶を失った証であり、それに対する反抗の傷跡。物語で死なないラビは肉体が還らない。感傷だとラビは頭を振って議事録を閉じた。
Rabi『今日、FOしないと明日からは能力者死亡懸念があるな。今更気付くのはボクくらいか。よく喋ってるヤツ等は解ってるんだろうな』
苦笑して組んでいた足を直す。底の厚いブーツが床に着いた。
Rabi【決定了解】
特殊な能力を持つ人は十二時迄に行動を確定して下さい。
もう直ぐ[夜明け]になろうとしていた。宿屋のロビーには誰も居ない。吊られる覚悟をしているトーキは死体置き場に暫定された鐘楼に上がっていた。村の中で一番高い場所で村全体が見渡せる。高所に恐怖は無いのか端に腰掛けて外に足を投げ出していた。斜め後ろにシロが立ち、暗い中でも鮮やかと解る髪を見詰めていた。
「あーあ、アイツ等どうしてっかな」
安易な言葉を吐く事は出来たが、シロはしなかった。トーキのシキがどうなっているか知る術は無かった。内に居るのか元の世界に居るのかも解らない。気休めなど意味が無い。
「死んでも糧になって、少しでも生の足しになりたかった」
かなりお前等の事愛してたんだな、と自嘲するトーキにシロは小さく笑って隣に移った。
「自覚、無かったんですか?」
シロからすればトーキはこちら側を慈しんでいた。自分の世界を疎かにして、優先させる
程に。今更だと指摘すればトーキは笑った。
「だって、視えないヤツと一緒に居るよりお前等と居る方が楽だと思ってた」
一部例外は居るけど、と幼馴染を思い出して寂しそうな顔をする。
「視えなければ良いのにと思った事もあったけど、いざ視えなくなると戻りたい」
トーキは身体を支えていた手を後頭部へ回して結んでいた髪を解いた。
「私は視えているじゃないですか」
「元の姿になれない人型だろ。人間の身体と変わらないくせに」
何時ものようなトーキの笑顔にシロは戸惑う。何時か先に消えてしまうのは知っていたが、覚悟はしていなかった。手の中で髪を留めていた組紐を弄ぶトーキの指先を眺める。シロの視線に気付いたトーキが招き寄せると、シロは首を傾げた。
「ずっと付けてたから俺の気が移ってる筈だ。意味は無いだろうけど気休めに。悪い、何も残せなくて。先に死ぬのに」
トーキの腕がシロの首を抱き、組紐が首に掛かる。アクセサリーのように白い首を飾った。
「喰えるなら髪とか血液とか残せたのにな」
「仕方無いと諦めざるを得ません。運が悪かった、と。そんなに生き甲斐でしたか、私達の存在は」
シロの言葉にトーキは唸って首を捻る。
「思い返せば生き甲斐かもな。でももう、どうでも良い。[ゲーム]とかバカらしい。俺の勝手に巻き込んで悪いな、シロ」
髪に指を絡めながら耳の後辺りを撫でられて、シロは溜息を吐いた。
「本当に悪いと思っていない事こそ反省すべきですよ」
他人に押し付けられた事にやる気を出す事は滅多に無い。興味が持てなかった時点でトーキは役職に関係なく、こうなる事が解っていた。義理も何も無い[ゲーム]に参加する理由はトーキに無い。仕方無いのだ、こんな主を選んでしまったのだから。この人間なら良いと思ったのが運の尽きだ。
「将来は完全にお前を使役するくらいのつもりだったのに」
「往生際の悪い」
「そうか?」
二人はクスクスと笑う。素直に会話を楽しむのが久しぶりな気がした。
「可笑しな所で良過ぎるんです。そろそろ、時間ですね」
「死ぬの見られたくないから、行って。最後にキスして」
最後迄我儘だ、とシロは笑みを見せて求められるまま唇を重ねた。利益の無いキスは初めてだった。
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