壱日目

夜明け

さあ、自らの姿を鏡に映してみよう。
そこに映るのはただの村人か、それとも血に飢えた人狼か。
例え人狼が居ても、多人数で立ち向かえば怖くはない。
問題は、誰が人狼なのかという事だ。
占い師の能力を持つ人間ならば、それを見破れるだろう。

ゲーム一日目

どうやらこの中には、村人が9名、人狼が3名、占い師が1名、霊能者が1名、狂人が1名、狩人が1名いるようだ。

 鐘と野犬の遠吠えが村に響く。マーチの説明が本当ならば、あの声は人狼のものなのだろうか。狼が仲間を呼ぶ声なのだろうか。マーチは[夜明け]直前にロビーへ降りてきた。自己紹介が無事終わり彼等にとって現状から判る真実を話していたのをちらりと聞いて、マーチは内心ほっとする。誰も宿から出る事なく、十六人がロビーに揃い各々の椅子に座っていた。
「ふぁーあ……眠いな……寝て良い?」
皆が全ての真偽が解らずに、周囲を警戒する中、張り詰めた空気を破って楽天家を気取ったマーチは呑気に言った。文句を言おうと数人が口を開くが、彼は本当に眠いらしく人差し指を立てて制するとへらりと笑う。
「さっき迄とは違う、と解るだろう?自分の肩書きを自覚しただろ?」
鐘の鳴り響く中、彼等は知った。自分の出来る事、出来ない事を。自分だけではないのだ、と皆が周囲の顔を窺う。
「それから議事録はそこの本棚の中、ポスターってのはその横のヤツな」
示す先を見て、何時の間にか現れた本棚とポスターに気付く。マーチは自分の椅子の背凭れに頬杖を付いて立っていた。
「一応、様子を見に来たが必要無かったな。俺は最期迄の時間をキミ等の為に割く事を厭わない。信用出来ない、相談事に邪魔だと言うのなら俺は部屋に居るし、疑問があるなら呼べば応えよう」
マーチは空になった瓶をカウンターの向こうにやって、代わりに新しい瓶を手にする。
「唯、俺が応えられるのは今日中、次の[夜明け]迄だ」
本当に眠いらしく今度は本当に欠伸をして二階へ姿を消した。


 マーチの足音が完全に聞こえなくなっても、皆が重たい空気を纏い椅子に縛り付けられていた。ハーレは人狼が既に赤い言葉で会話をしているのだろうか、と思いながら口を噤んでいる彼等を眺めていた。

Siro『このまま座っていても仕方が無いです。私は正直疲れましたし、疲労した脳を酷使した所で大した結果は得られないでしょう』
Toki『解散して休憩する事は賛成』

シロの発言でトーキが肩から力を抜いて息を吐く。

Eart『ぶっちゃけ、[ゲーム]とか未だ信じらんねー』
Mars『そうだとしても、適当に解散ってわけもな』

アースの呑気な言葉にマーズが釘を差した。それにチェシャが反応する。

Ches『マーチの言葉を信じるなら、今日のオレ等が出来るのは占い先の選択だけじゃーん』
Mars『占いは生きているヤツの白黒見分ける唯一の方法だぞ?適当に扱って良いのか?』
Hare『だからって今日占い希望を出せと言われても勘だ』

ハーレが二人の会話に口を挟んだ。

Ches『そうだねェ。それに皆でコイツ占ってってお願いして、どーすんの?出てきちゃったら、能力者なんて美味しい餌じゃね?』

チェシャがぎゃはは、とわざとらしく笑う。

Hare『だが、知らないまま死なれても困る』

にたりと気味の悪い笑みを浮かべたチェシャをハーレが睨んだ。そこへビクターが提案する。

Vict『今、能力者の行動について話さなくとも次の[夜明け]はマーチだけしか死なない。それこそ思考が浅い内から結論を出そうとしても、良い結果は得られない』

シロに賛同する、と視線を投げるとシロは頷いて言った。

Siro【十一時集合】
Siro『陰で示し合わせたとしても如何なる結果はポスターと議事録に表示される事、どんな発言でも裏を取る事が出来ず信用に値しない事、人狼は赤い言葉で会話出来る事から監視の意味が無い事を理由に、自由行動を提案します』

彼等の会話についていけていないイン、ツウ、アースを除いた全員が少し考える。特に反対すべき点は無かった。

Mars『シロの意見に賛成する。ついでに、今後全員で確認する事があったら見聞きしたと示す必要があると思うんだが』
DE『そうだな。いざ投票が始まり票数が合わなかった場合は誰が誰に投票したか問題になる可能性も考えられる。人狼が票を重ねてきた可能性を確認不足で誤魔化したくはない』
DE【決定了解】
Mars【決定了解】
Ches『ま、何が損になるか解らねェもんナ。今回はしない方がリスク高いんじゃネ』
Ches【十一時集合、確認名言の決定了解】
Vic【決定了解】
Hare【決定了解】

会話の只中に居た面々は妥当な行動だと判断して重要発言した。

Vam【決定了解】
Cut【決定了解】
Pass【決定了解】
Rabi【決定了解】

会話を理解しながらも発言しなかった者も反対する理由が無く発言する。

Toki【決定了解】
Tu【決定了解】
In【決定了解】
Yan【決定了解】
Eart【決定了解】

全員が決定を了解すると、シロは立ち上がりトーキに手を伸ばした。
「これで今日の突然死の可能性は無くなりましたね。それでは、昼に」
トーキの手を引いて立ち上がらせると冷たく笑って二人は宿屋を出た。見送りビクターがカットを連れて宿を出ると、各々宿を出たり二階へ上がったりとロビーから消えていった。

 

Marc『喋れるヤツ居て良いな。喋らないヤツ、せめて思考開示はしないと疑われるゼ?』

特殊な能力を持つ人は十二時迄に行動を確定して下さい。

 

 十一時を少し過ぎるとマーチ以外の全員がロビーに揃っていた。ロビーには本棚があり、隣にはポスターが貼られて全員の名が並んでいる。どうやら宿に着いた順のようだった。本棚に詰まった本は全部で十六、中はマーチが説明した議事録だ。名前がローマ字で略されたりしているが、誰とは解る。人数分ある事から持ち出し可能のようだ。ディーイーが簡単な昼食を作って居た。何処から見付けてきたのか、小さなローテーブルが所々椅子の間に置かれて軽食と飲み物が乗っている。

Ches『誰かマーチを見たか?議事録が増えてる』

チェシャは椅子に座って尾を揺らしながら問うたが誰も名乗りでなかった。それにインが胡座で口を挟む。

In『どうせ誰も居ない時に来たんだろ』
Vict『議事録だが、持ち出していても自動筆記されるのか、リアルタイムなのか確認したい』

膝に乗せた本の頁を繰っていたビクターが言った。賛成と反対とで意見が乱れる。

Toki『調べる事に意義があるのか?』
Eart『気になるじゃん!』
Rabi『気になるって、それだけか』
Ches『えー、何となく気になるじゃン』

ビクターは説得する気は無いようだ、傍観に徹している。同じく傍観していたマーズが不意に溜息を吐いた。

Mars『議論は無駄だ。実証した方が早いし、今は全員揃っている。皆の前でやれば個々で確認する必要が無くなる』
Hare『どうやって確認する?』
DE『誰かが宿の外に議事録を持って出て、窓越しに見れば良いだろう』

ディーイーの言葉にチェシャが立ち上がり本棚へ向かった。ガランと音を立てて出ると、アースが真先に窓へ行き、マーズがそれについて行く。ヤンに誘われてパジー、興味無さそうにしていたシロも窓へ向かった。

Vict『取り敢えず、本棚から出ていてもリアルタイムの自動筆記だな』
DE『リアルタイムって、発言後文章が表示されるのか?』
Vict『気になるなら見れば良い』

言うとビクターは本を放った。ディーイーは難なく受け取り、ぱらぱらと頁を捲る。外のチェシャも新しい頁を開いていた。

Hare『結局、外ではどうなんだ?』
Vict『同じだろうな』

ハーレの問いにビクターが応えていると、窓側でヤンとアースがはしゃいだ。確認したシロが戻ると椅子に座る。

Siro『発声からやや遅れてはいるが、博士の言う通りリアルタイムで自動筆記だった』
DE『議事録は人数分ある。一人一冊ならば持ち出し自由だな』
Cut『寧ろ本棚に仕舞う理由が無くなった』
Tu『でも、本棚に用が無いとポスター見ないね』
Vamp『ポスターは議事録の抜き出しだから、見なくても問題無いよ』

ヴァンの言葉にハーレが頷いた。席を離れていた六人が戻る。

Yan『けど持ち歩く気にはなれねーな。重い』
Pass『何冊も持つわけじゃない』

それから全員が席に着くと、記号の発言の仕方を試した。先ずは眼の前の事、真実として確認出来る事から調べる。
 議事録の扱いに慣れ、今日の占い先は占い師の自由と決まった。正直、彼等は[ゲーム]が事実だと受け入れきれていない。何も起こらないまま人狼を探せというのは到底無理な話だった。十五人の会話は落ち着いて、[ルール]について疑問がある者だけが残っていた。トーキ、シロ、イン、ツウの四人が宿を出ている。パジーも残ろうとしたが、ヤンに誘われて議事録を一冊持って出ていった。アースは空いたマーズの隣のトーキの席に座った。ディーイーに呼ばれたマーチは紅茶片手に椅子に座り、議事録を膝に乗せて開いた。

Marc『まあ、質問には応えるさ。答えるじゃなくて済まんね』

居ない間の議事録に眼を通す。各々の椅子に座っての発言が全て記録される為、無駄も多い。流し読む姿を見てマーズは慣れているなと感じた。

Mars『そんなもんだろ。取り敢えず、処刑対象者と襲撃対象者が被った場合はどうなる?』
Marc『明後日になれば解るが、襲撃よりも処刑の方が先に行われる。つまり襲撃失敗で処刑実行だな』
Hare『意図的にする事は?』
Marc『別に個人の行動は個人の自由だって。ま、襲撃は狼の中で最後に襲撃決定したヤツの決定が実行されるから、個人の行動ってのは若干語弊があるな』
Ches『襲撃は投票と同じじゃねーのな』
Marc『そ、決定したヤツが喰う。まあ、赤い言葉で強調発言すれば良いんじゃね。誰かが意見を上書きしなければ良い』
DE『ところで、襲撃失敗という事は護衛成功と結果は変わらないな。意図的な襲撃ミスによって狩人に護衛成功したと思わせる事も可能か?』
Marc『さあね、思考だって個人によるだろ』

のらりくらりと応えながらマーチは紅茶を進める。最初のティーポットが空になり、用意していた魔法瓶と茶葉で更に紅茶を淹れた。

Hare『誤解させる事は出来るな。それで狩人が誰か発覚しなければ良いが』
Mars『だが、二回目は意図的な可能性は低い』

「何でー?」

DE『一回目は吊り縄の数は変わらないが二回目は増える』

アースが首を傾ぐ。マーズは面々を眺めていた。マーズが本棚の引き出しから紙とペンを出して説明を始める。

Mars『現状は16>15>13>11>9>7>5>3>1で最大七回吊れる、1GJで16>15>14>12>10>8>6>4>2でこれも最大七回。2GJで16>15>14>13>11>9>7>5>3>1で最大八回吊れる事になる』
Hare『縄が増えるだけじゃなく、一日伸びる事もプレッシャーになるだろうな』
Ches『2GJは難しいんじゃね、どんだけラッキー?』

チェシャの言葉にマーズもディーイーも頷いた。不意にアースがトーキの椅子で言う。
「七回って事はそれで勝ったとしても、吊るのは人間の方が多いんだね」

Marc『狼サイドを全員吊っていれば、一匹白は居るが人間の方が少ねえよ』

にへらと笑うマーチにアースとラビは眉を寄せた。
 紅茶を呷ってマーチが次を促す。

Marc『他の質問は?』
Vict『人狼同士の喰い合いは出来るのか?』

ビクターの問いに全員が驚きつつ、マーチは動揺を隠して笑う。慌てて記憶を探った。

Marc『は?すげー発想だな。無理に決まってんだろ』
Rabi『[ゲーム]として考えるのなら当たり前だな』
Vict『出来れば自滅を促す戦法も取れる。確認だ』
Hare『趣味悪いな』

ハーレの発言を誉め言葉と取ったらしく、ビクターは人好きしそうな笑みを浮かべた。
カットは無表情のまま、ビクターをちらりと見てマーチへ眼を向ける。

Cut『能力者が名乗り出る事は可能か?』
Marc『どんな発言も個々人の自由だって』

似たような説明をしたばかりだからか、マーチは小さく溜息を吐く。

Marc『能力者だと公表する事をCO、カミングアウトと言う。全部出たらフルオープン、FO』
Rabi『略記があるなら戦術としてはセオリーなのか?』
Marc『さあな。だが、どんな発言でも真実かどうかは本人しか解らない。真実は投票結果、生死だけだ』
Vamp『ポスターと発言以外の議事録だけが真実って事か』

ヴァンのまとめにマーチはにへらと笑って同意した。しかしアースは首を捻る。
「そのCOってヤツの利点?不利点?解んねー」

DE『COすれば状況が整理される』
Mars『あくまで予想だが、確定情報を恐れて狼側の最低一人は出てくるだろう』
Ches『でも、出れば狼からは美味しい餌だろうな』
Vict『だが護衛と被る可能性もあるから結果は解らない』
Rabi『狼と狩人の読み合いになるのか?』
Cut『全能力者が生存している時点で最高1/3の確率だ。どちら側から見ても微妙な勝負だ』
Hare『しかも狼は能力者じゃなくたって良いからな、やっぱりGJ期待は無理か』
Vamp『盤上整理でCO促すのは損って事?でも、誰にも知られず能力者が死ぬのはちょっと』
Marc『ま、結局、長く生きたきゃ基本はどいつも自分は人間だって態度を取るこった』

にへらと笑って議事録を閉じる。紅茶の残りを流し込むと立ち上がって酒をカウンターから出し、マーチは彼等にもう質問が無い事を確認して二階へ上がっていった。引き止める者も居たが、マーチは最期の時間だから一人にさせろと言って逃げた。


 マーチは部屋から暗くなって見えなくなった村の入口を眺める。マーチにも村人の配役は解らない。ぼんやりと客の面々を思い出す。よく喋る者が多く、各々が引っ張り合っていてバランスが良い。その代わりに数人の発言が少ない事が目立つ。元々人見知りだったり、彼等の思考についていけないのだろう。現時点で発言を促すにしてもネタが無い。今後、彼等が置いていかれ捨てられるのか、それとも誰かが拾うのか。入口から眼を逸らすと村を歩く二人の影が見えた。一人は柔らかい白髪だ。洋装とは違う歩き方でトーキとシロだと解った。二人は村を探索しているようだ。
 自分が死ぬと知っていても他人の心配をする自分を嘲う。三人育てた過去は身体に染み付いていた、内二人は一生反抗期なのか未だに嫌われている。自分は若返り、彼等の成長は止まっているのだから仕方が無い。唯一慕ってくれる育て子の、珈琲が飲みたかった。
「三月」
コンと内側からノックされた音に振り返るとチェシャが居た。
「此処でもお前は神出鬼没だな」
動きを静かに出来て気配を消す事は出来る、とチェシャは言う。
「ま、思い通りの動きが出来ねェのは不便だな」
チェシャは大きく尾を揺らしながらベッドに座ると椅子に座るマーチの視線を辿って外を見た。ぽつぽつと灯りがあって、宿を出ている者が使っているのだと解る。変わらず酒瓶を呷るマーチに眼を戻すとチェシャは湯気の漂うマグカップをベッドサイドに置いた。
「お前の珈琲なんか飲まない」
「味は同じだけどォ」
チェシャはマーチが飲まないのは解っていた。
開いていない酒瓶を一つ奪ってチェシャはにたりと笑う。見慣れた笑みだが、マーチは面倒な質問をされるだろうと思った。
「コレはループ?三月は前のプレイヤー?」
答えられない問いにマーチは苦笑して酒を呷る。
「お前はこの世界でも物語が視えるのか?」
チェシャは自身が登場する物語では案内人、唯一全ての過去を記憶し円環を視る者だった。
「出来ると思ってんのォ?」
どちらとも取れる答えにマーチは苦笑する。
「もし視えたとしても、視えると俺が言えると思うのか」
「ぎゃは、どーせギリギリでしょ。あっちじゃ抗わなかったクセに」
チェシャはマーチに言えない事があると解っていた。明らかに質問から逃げたり、それでも助言をしようとしたり。実は幾つか線を越えていたが、チェシャには解らない。
「もう行け」
払うように手を振り、空瓶を押し付ける。
「言われなくても。じゃ、バイバイ」
埋まった両手の代わりに尾を振り猫は扉に向かう。育てて貰った事は感謝していた。幼い頃を知られているのは、何処かむず痒い。白兎も帽子屋も一緒に育ったから良いが、三月兎は違う。最期らしいから、本当は何か言おうと思ったのに、何も言えなかった。どうせ、見透かされている。
 何時もだったら投げ出すだろう瓶で腕をいっぱいにしてチェシャは消えた。
「我儘でも育て子ってだけで可愛いんだからむかつくなー」
ベッドサイドに置いたままの珈琲を眺める。もう一人来ている育て子はどうしているだろうか。何時もは物語が終われば再び始まる事を知っていたから、迷いは無かった。物語を再生する為の第一歩だったから。今度は唯、終わりの為だ。珈琲に手を伸ばして、迷った挙句に止めた。
 もうすぐ[夜明け]だ。トーキとシロ、インとツウは宿屋に来ていなかったが、パジーとヤンが戻ってきていた。十一人が一階の広いロビーで好き好きに過ごしている。だが、一つだけ共通する事があった。[境]の時を待っている。

壱日目:ゲーム一日目:終了

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