朝になっても薄暗い気のする村を宿の二階の窓からマーチは眺める。村の入口が見えるが、誰も居ない。欠伸をしたい体調だったが、気分が乗らない。
「ずさーあるか心配だったが、流石にねーな」
さて、と己を奮い立たせてマーチは階下へ向かった。
既にキッチンに居たディーイーとトーキと挨拶を短く交わして紅茶のセットを一式貰ってマーチは自分の椅子に座った。ロビーはマーチ一人だ。二杯目の紅茶を注いでいるとガランと扉に付いたベルが鳴る。来訪者だ。
十人目、主選びのシロ。
扉がゆっくり開く。入ってきた男は探している人が居るのか音のするカウンターの奥へ視線をやった。滑らかな白髪が目を引く。両脇だけ目一杯伸ばされた白髪と、色の薄い着物のせいで全体的に色素が無く人形のようだ。オレンジと赤の瞳と、髪飾りの赤、それから左薬指の赤褐色に近い橙の刺青が、生者だと思わせた。
「俺は案内人、三月兎のマーチ。ハジメマシテ」
男の注意を引いてにへらと笑って言う。男は口を噤んだままだったが、キッチンから出てきたトーキに名乗れと言われて名乗った。同じような服を着ているし、やはり知り合いなのだろう。
「白橙(ハクトウ)」
「シロで良い」
カウンターから出てきたトーキがシロの肩に手を置くと、シロは安心したように小さく息を吐いた。
「トウキ、迷子など。呆れます」
安心した筈なのに何処か違和感があるように若干詰まりがあった。マーチが空席を勧めると、トーキが自分の左隣を、と応えた。シロは何か言いたげだったが、トーキは無言のままシロの腕を引いて宿屋を出た。マーチは見送って、関心したようにへえ、と呟いた。
「しかし、今日は忙しいな」
軽い溜息の後、ガランと扉に付いたベルが鳴る。来訪者だ。
十一人目、一途な三月兎のハーレ。
扉が潔く開けられ、男は躊躇いなく宿屋に入ってきた。男の肩に付かない程度のウェーブを描いた茶髪と緑の入った茶の瞳は親しみやすそうな印象を与える。音を探るように頭上の兎耳が動いていた。マーチよりもやや長い。真直ぐ投げられた視線を受けて、マーチはにへらと笑う。
「俺は案内人、三月兎のマーチ。ハジメマシテ」
男も軽く笑って、親しい間柄の挨拶をするように片手を軽く上げた。
「オレも三月兎。ハーレ・マルチェっていう。ところで人を探してるんだが」
マーチが空席を勧めつつ、先を問う。ハーレはマーチの右隣に座った。ハーレの探し人の特徴を聞いて、マーチは首を横に振る。ハーレは残念そうな顔をして立ち上がったが、マーチはそれを引き止める。
「此処で待ってりゃ、その内来ると思うゼ?」
ハーレは少し考えて、椅子に座って紅茶を飲んで良いか問うた。マーチが了承すると、ガランと扉に付いたベルが鳴った。来訪者だ。
十二人目、身体縛りのイン。
扉が少し開き、間を開けて扉が開いて少年が宿屋に入る。腰程迄あるウルフカットの艶やかな白髪が歳と印象を異にする。飾り気が多く、両耳にこれ以上は無理だと思わせる程ピアスをしていて右眼に眼帯をしている。気の強そうな赤い瞳がマーチを射ぬいた。
「俺は案内人、三月兎のマーチ。ハジメマシテ」
にへらと笑って空席を勧める。少年は素直に従い、マーチを十二時とするなら三時の椅子に座った。
「イン。ねえ、ボクと同じ顔の兄さんを知らない?」
二人続けて探し人とマーチが笑うとインの表情は歪んだが、邪魔が入る。ガランと扉に付いたベルが鳴った。来訪者だ。
十三人目、精神縛りのツウ。
扉は一度途中迄開いたが、一度閉まりかけ、意を決するように開く。腰程迄伸ばした真直ぐで鮮やかな蒼い髪が白い肌とコントラストを描いている。先に現れたインと同じ姿をしていて、顔も同じようだが、左目にした眼帯と気弱そうな赤い瞳で印象が異なる。あ、と駆け出したインを少年は抱き締め、笑った。笑えば歳相応に見える。再開を喜ぶ二人に声を掛けてマーチがにへらと笑った。
「俺は案内人、三月兎のマーチ。ハジメマシテ」
少年は一つだけの瞳を不安げに揺らしてマーチへ向けた。隣ではインが鋭い視線でマーチを見ている。遠くから見たら二人の身体に一対の瞳で戸惑うだろう。
「ツウ……」
小さく呟かれた名を舌に転がして確認すると、マーチは空席を勧める。インが当たり前のように左隣の空席に座らせた。
「聞きたい事もあるだろうけれど、また呼びに行くのは面倒なんで待っててくれ」
警戒心露わのインと不安を隠さないツウは手を繋いだまま椅子に座っていた。空になった紅茶のポットをハーレがキッチンへ持っていった。ガランと扉に付いたベルが鳴る。
十四人目、無邪気な吸血鬼のヴァン。
扉が開くのは当たり前と思っているのか、極自然に開いた。長い襟を立てた膝上丈の黒いコートを揺らして黒髪の男が宿に入りつつ、きょろきょろと銀灰の瞳を彷徨わせる。マーチは男の気を引いて、にへらと笑った。
「俺は案内人、三月兎のマーチ。ハジメマシテ」
幼気な雰囲気の残る男は迷いつつも名乗る。
「ヴァンピル・ムロニ。ええと、茶色い兎を探してーー」
「ヴァン!」
紅茶の追加を取りに行っていたハーレがロビーからの声を聞きつけて飛び出してくる。何度も名を呼びながら抱きつくハーレにヴァンは子供をあやすように髪を撫でた。しかし、ハーレの方が背は高い。
「空いてる席好きに選んで」
マーチの言葉をハーレは無視して暫くヴァンをきつく抱き締めていた。満足すると、ヴァンのコートを脱がせながら自身の右隣を勧める。
「後、二人?」
ハーレの言葉にマーチは頷いて、扉に目を向けた。ガランと扉に付いたベルが鳴る。来訪者だ。
十五人目、出来損ないのアース。
扉が遠慮を知らない手で開かれる。黒髪に茶眼の少年が入口に立っていた。若干印象がディーイーに似ている。入らないまま宿のロビーを見渡す少年にマーチは入るように促してにへらと笑った。
「俺は案内人、三月兎のマーチ。ハジメマシテ」
「オレ、アース。宜しく」
マーチが少ない空席を勧めると、マーチの向かいの左隣に座って人好きしそうな笑顔を見せた。マーチはヴァンの到着で忘れられた紅茶を取りに行く。途中で時間を確認して、そろそろロビーにと声を掛ける。マーチが戻るとマーズが着てアースと言葉を交わしていた。午前中に着た客にディーイーが紅茶を運ぶ。本来やるべきだろうマーチは気が利かず済まないと言えば、世話するのは慣れていると返した。気遣いに溢れた行動と無愛想な口調と薄い笑みは何処かちぐはぐだ。カウンターにも幾つかドリンクを用意しているのだ、気を遣いすぎではないだろうか。
「あ、おにーさん!」
紅茶を渡すディーイーにアースが反応する。マーチはあれ、と思った。マーズとディーイーは知り合いの様には見えなかった。アースはディーイーに名乗り、ディーイーも名を教える。アースはディーイーにマーズを紹介していた。
ガランガランと扉に付いたベルが鳴る。昼近くになり外出していた客が戻ってきたのだ。途中で会うか何かして、一斉に戻ってきたのだろう。瞬く間に席が埋まる。それでも各々好きに時間を過ごしているのだから、空気が騒がしい。マーチは眼を細めて賑やかな様子に頬杖を付いて紅茶を傾ける。どうやらパジーとヤンはインとツウとも知人らしい。ヤンが双子らしいインとツウをこれでもかという程に構い倒している。空いた席は九時の位置の一つだ。ガランと扉に付いた音が鳴る。来訪者だ。
十六人目、時計兎のラビ。
扉は堂々と開かれる。騒がしかった空気が一気に固まった。現れたのは短髪に長い兎耳を生やした白髪で赤眼の少年だ。迷う事なく、客の中で一番背が低いといえる。少年はマーチを見て、眉を寄せ他の客を無視したまま足を踏み鳴らして近寄ると、天に手を掲げた。途端、マーチはにへらと笑う。
「俺は案内人、三月兎のマーチ。コンニチワ」
少年は驚いて上げた手を眼の前に翳して繰り返し握り締めていたが、握り込むとマーチに殴りかかる。しかしマーチは難無く受け止めて、自己紹介をと促した。
「時計兎、時計を持った白兎、だ!」
パッと手を離すと心底不快だという顔をする。
「お前が案内だと、笑わせるな。それに何だ、その髪、女王陛下の真似か?立場を弁えろ」
好きでやってんじゃねーよ、と言うマーチを視界から消そうとして、後を見てチェシャと眼が合った。少年は再び顔を顰める。
「弱い犬程よく吠えるンだってナ。お前ェは今、ただの兎だヨ」
チェシャは獲物を見付けた肉食動物のような笑みを見せた。他の客は完全に蚊帳の外で、三人のやり取りを眺めるしか出来ない。
「さっきの鎌が出ないので気付け。そうだな、お前だけ漢字なのも腹立たしいから、ラビットでラビな」
マーチはにへらと笑って唯一の空席を勧める。暫くラビはマーチを睨んでいたが、仕方無い折れてやるといった風に椅子に荒々しく座った。
マーチが宿屋に着いて三日目、円形に置かれたソファのような椅子が全て埋まった。扉の正面からマーチ、ビクター、カット、ツウ、イン、マーズ、トーキ、シロ、チェシャ、アース、ヤン、パジー、ラビ、ディーイー、ヴァン、ハーレ。全員で十六人、椅子に空きは無い。
「人狼なんて居るワケねーじゃん。皆、大袈裟だなァ」
重い沈黙を、マーチがにへらと笑って破った。他の誰一人としてその言葉を理解しなかった。マーチは理解されないと知っている。
「嘘、ウソ。この村には人狼が居る。もう解ってるだろ、集められたって」
理由が知りたいか、とマーチが笑った。笑っているのは、軽薄そうなヤンと何時でも薄い笑みを保っているディーイー、気味悪い笑みを湛えたチェシャだけだ。他の十二人は無表情か、不快を表している。
「これから皆サマには[ゲーム]をして貰いまーす。これは命を掛けた強制イベント。これから[ルール]を説明しまーす」
「は?」
思わず声を出したのはトーキとイン、アースの三人。
「しっかり聞いて覚えて頑張ってネ。負けたら死んじゃうヨ」
マーチは紅茶を呷ってにへらと笑った。
「村には今、十六人が集められています。この中には夜になると狼になり人を喰らう人狼が存在するのです。村人は会話を通して人狼を探し出し、処刑します。全ての人狼を首吊り出来れば村人の勝ち。村人の数が人狼と同数以下になれば人狼の勝ち。村人の武器は投票による処刑で、狼の武器は襲撃。村人側には、生存中の人物が人狼かそれ以外か判別出来る占い師、死んだ者が人狼かそれ以外か判別出来る霊能者、一人だけ襲撃から守る事が出来る狩人が一人ずつ居ます。ただし、狩人は護衛出来たかどうか知る事は出来ません。人狼は三人、それから人狼側の人間、狂人が一人居ます。狂人の勝利条件は人狼側勝利です。人狼同士は陰で赤い言葉を用いて話し合いが出来ますが、狂人はそれに参加出来ず、人狼が誰か知る事は出来ません。これらの行動は毎夜十二時、[夜明け]と同時に行われます。投票は陣営問わず全員の義務です」
まるで説明書を読むマーチの口調に、全員が引く。投票、処刑、襲撃、今迄の常識が通じない。数人は既に役職の話でついていけずに溺れかけている。マーチは肘掛けに頬杖をつき、にへらと笑う。
「此処までのおハナシ整理しましょー」
カウンターから紙を取り出す。何時の間に用意したのか、説明した内容が示されていた。
何も出来ない村人、九人。
生きている者の白黒を視る占い師、一人。
死んだ者の白黒を視る霊能者、一人。
襲撃から任意一名を守る狩人、一人。
人を喰らう人狼、三人。
人狼側の人である狂人、一人。
計十六名。
夜十二時[夜明け]と共に以下行動を実行。
全員で投票し、多数決で一人を処刑。
人狼の襲撃、一人を喰らう。
占い、霊視、護衛。
マーチは読み上げて、眼の前の机に置く。
「つまり、赤い言葉で会話出来る狼同士以外はお互いの役が解らない。赤い言葉はテレパシーみたいなモンと思ってれば大丈夫。行動の決定も思うだけで実行されるからなー」
マーチは何処迄の説明が可能か考えながら喋る。
「明日からこの宿屋には一つのポスターと本が出現する。ポスターは十六名の名前と生死、本は議事録が表される」
十六人も一気に覚えられないし、生死確認楽で便利でしょ、とマーチは笑うが誰も笑わない。マーチは仕方無いと思いつつも面白くなかった。
「宿屋の自分の椅子に座っての発言は公になり、本に記され[ログ]に残る。議事録は便利だよー」
椅子に座って話し合いしようねーと、使っていないが手にしたペンを振って教師を気取る。マーチは少し気分が向上した。
「村の中でどう過ごそうと構わないけど、一日一度は宿に来て公的発言しましょー。じゃないと死にます。突然死ってヤツね」
説明は一応終わり、とマーチは紅茶を呷る。しかし、当たり前の疑問があるだろうと発言を続けた。
「今は未だ配役されてねーヨ。今晩の[夜明け]で何でか自分の役は解るから、心配すんなー。因みに配役はランダムでーす。希望とか取りませーん」
教師気取りで間延びした口調は苛々させるには絶好調だ。
「紙の白黒は人狼か否かって意味でーす。どっちか解らない場合は灰、どっちも出たらパンダでーす。因みに他にも隠語みたいなのがありまーす」
▼処刑 ▽処刑(希望提出時第二候補)
●占い ○占い(希望提出時第二希望)
★質問 ☆質問回答
■議題 □人狼探し以外の議題
【】重要事項の強調
▲襲撃 △襲撃(希望提出時第二候補)
「これは議事録に用いられるので覚えろよー。議事録もポスターも自動筆記なので読めれば良い。一応言っておくが、議事録やポスターの偽装は出来ないからなー」
推理小説の地文で偽ってはいけないのと同じとマーチは説明するが、半数以下にしか伝わらなかったようだ。
「希望提出ってあるけど、これは村の総意で投票しましょうって話をする事があるからでーす。必要な時は集計表がポスターに出まーす。但し、処刑決定の投票は結果のみで詳細は出ないからねー」
折角、所々冗談を用意していたのに反応が悪くてマーチは詰まらない、飽きてきてしまった。
飽きたマーチは椅子に身体を預けてにへらと笑った。
「最低限と若干の良心による説明終了!質問受け付けるヨ」
紅茶を呷るマーチにチェシャが言葉を投げる。
「お前サンは何者?十六人って事は役の一人だろォ?」
マーチはああ、と頷いて足を組み直し腕を組んで大仰に椅子にふんぞり返ると意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「俺は唯一既に配役されている。案内人で、村人。黒白でいえば白。何も出来ない村人」
証拠は、と問い詰めるチェシャ。
「明後日になれば証明出来るヨ。今の[ゲーム]はチュートリアル中みたいなモン。明日、[ゲーム]は始まる。今晩の境目[夜明け]と共にキミ等は配役を知り、その次の[夜明け]で俺は死ぬ」
空気が一瞬止まる。マーチは殺されるのを待っている。一番に殺されるマーチが今、[ゲーム]の主軸を握っている。
「今信じられないとか言っても、これ以上証明出来ねーし。この[ゲーム]の一番の人狼被害が俺だから」
俺が死んだら[ゲーム]が現実だと解るよネ、とにへらと笑った。
「因みに初日に処刑はありませーん。占いは出来るヨ。俺が死ぬのを待っててネ」
次の質問は、と問うが暫くは無言が続いた。次に疑問を上げたのはビクターだ。
「投票が同数になった場合はどうなる?」
「ああ、良い質問。最高得票が同列だった場合はランダムになりまーす。意図的にやるとRPP、ランダムパワープレイって言ったりしまーす」
肘掛けに頬杖を付いてマーチは続ける。
「因みにパワープレイってのは人狼側が票を合わせ重ねて首吊り台へ向かわせる事でーす」
こんな事も説明して俺優しい、とにへらと笑うが誰も笑わない。
「他にもそういった略語はあるのか?」
そう質問したのはマーズだ。沢山あると逃げようとしたがマーズは追い打ちを掛ける。マーチは心の中で愚痴った。
「さっきのパワープレイはPP。解りやすそうな所ならGJ。狩人が護衛成功したら使うね。よく使いそうなのはGS、グレースケール。誰が黒い白いっていう、予想をするのに使う。LWでラストウルフ、灰に隠れた最後の人狼を指す。狼が居るなら羊も居るよね、SGでスケープゴート。人狼の代わりに疑われたり吊られるヤツをいう。こんなもんで満足?」
戦術の提示は過剰説明だ。今回は求められたついでだから良い、とマーチは自分に言い聞かせる。大丈夫、COは話していない。しなくてもどうせ、問題に上がるだろう。その時議事録に表示されても、少し頭が回ればカミングアウトの略と解る。数人の視線が痛い。マーチは明らかに情報を出し惜しみしている。
外を見れば既に暗くなっていた。時計は夕刻を指している。マーチはそんなに長々喋ったつもりはない。マーチは大きな仕事を終えて、少し気が抜ける。
(あと数時間でプロローグが終わる)
出掛かった溜息を紅茶と一緒に飲み込んだ。
「各々考える事もあると思うから、俺のお役目はそろそろ終えまーす。質問タイム終了しまーす」
椅子に座り直して足と腕を組む。
「繰り返しだけど、これは[ゲーム]だけどキミ等にとっては現実でーす。離脱は出来ませン。不参加も無理デス。何事にも穴があるとか、選択権を行使するとか余裕ぶっこかないで下さいネ」
にへらと笑って十五人の客を見渡した。
「因みに今のキミ等はふつーの生物で、特技や身体能力の低下もしくは欠如がありまーす。気を付けて下さいー。ま、外観は可笑しいのばっかりだけどサ」
そう自分の金になってしまった兎耳を軽く引いた。
「明日は生きてるので疑問や問題が発生した場合は俺の名を呼べば、俺は何処に居ても宿に向かうから。何度も繰り返し聞かれるのは面倒だから、公的発言を使って回答するからなー」
マーチは立ち上がるとカウンターで酒瓶を探す。
「最後に忠告を一つ。人狼なんて返り討ちにしてやるゼとか思ってるヤツ、一人は居るだろうが、無理だから」
自分の椅子の背凭れに肘を付き、酒瓶を揺らして言う。間延びした教師風の口調は消えていた。
「これは[ゲーム]で[ルール]がある。処刑、襲撃、突然死以外の死亡は認められないって言えば伝わるな。理解しろ。此処へ集められたのは[人狼ゲーム]に参加させられる為だ」
暫くマーチはそのまま十五人の顔を眺めると、不意に雰囲気を崩してにへらと笑った。
「これから自己紹介タイムにしまーす。[夜明け]迄に全員、簡単で良いので自己紹介済ませて相互理解を進めて下さーい。各人話したくない事もあるだろうが、知人である事くらいは明かさないと狼同士だからつるんでるんじゃね、とか思われるので覚悟しろ」
そう言うと、マーチは階段へと足を向けてしまう。
「年寄り兎、何処へ行くつもりィ?」
チェシャの苛立った声にマーチは振り返ると鼻で笑った。
「俺、邪魔だろう?案内人なんて怪しいヤツを仲間と思えるのか?お前等、俺が居ると喋り難いだろうから居なくなってやるんだよ」
現時点の十六人の中で異端なのは自分だけだとマーチは理解していた。マーチだけが事情を把握している。マーチにすれば、彼等が期待する程の知識は無いと過度な警戒だと笑いたいのだが。今度こそ二階へ上がろうとすると、カットに呼び止められる。
「おい、兎」
マーチ以外の兎、ハーレとラビがカットに眼を向けた。しかしカットは気にしていないようだ。
「知人は明かせと言ったが、お前には適用されないのか?」
白金の瞳がじっとマーチを見詰める。マーチはにへらと笑って、了承した。
「気付いてるだろうが、チェシャとラビとは知人だ。キミ等の知人と似たような関係。一応断っておくが、だからといって[ゲーム]に障る情報の流出や関係は無い。その点ではあの二人とキミ等は一緒」
言葉にしたところで、証明は出来ない。有る事の証明は簡単だが、無い事の証明は難しい。既に他人の言葉を簡単に疑い信じ難くなっているだろう、とマーチは思う。マーチの返答に満足したらしいカットが視線を逸らすと、マーチは今度こそ階段を上がり一番奥の部屋に引っ込んだ。
マーチが消えて、暫く沈黙が降りる。マーチの説明はあまり急かさず、ゆっくりしていたので全く記憶出来ていないわけでも整理出来ていないわけでもなかった。ただ、理解し難いだけだ。いまいち現実と思えない。しかしこのまま解散出来る筈もなく、マーチの隣に座っていたビクターが口を開いた。
「オレからしよう。時間の浪費は[ゲーム]が事実でなかったとしても勿体無い」
ロビーを上から見てマーチから時計回りに自己紹介する事が決まった。
ビクターは黒いマントを椅子に掛けていた。白いシャツを黒いズボンとラフに合わせている。童話の王子様のようなプラチナブロンドは後は背の中程でざっくり切り揃えられ、前髪は伸ばしっ放しで適当に分けてあった。空色の瞳と右目の掛けたモノクルが知的だ。
「ビクター・シェリー。他人にはシェリー博士と呼ぶ事を推奨している。隣の猫、カット・チェーシャーと親しい。寧ろオレの研究対象だから手を出すな。他の知人はハーレ・マルチェ。これは幾度か会話しただけだ。知った顔はヴァンピル・ムロニ。以上」
名を呼ぶ時に誰と指しながら言うと、隣のカットに自己紹介をするよう声を掛ける。
カットは背を丸めて椅子にブーツの底が触れないよう三角座りしていた。ゆったりとしたズボンとアームカバー、素肌にベストを着ていて服の趣味を疑う。白に近い紫と、もう少しだけ濃い藤紫の縞模様の頭に大きな猫耳が生えている。右耳はリング二つとハートのピアス、左耳はハートのピアスが三つ付いていて、同じく縞模様のもふもふの尾には飾り鎖が付いていた。
「カット・チェーシャー。知り合いはヴィク、ハーレ。ヴァンピル・ムロニと面識は無い」
無表情で言葉数が少ない上、酷い隈のせいで陰気だ。
隣のツウは終わりかどうか判断出来ず、間が開いた。鮮やかな蒼い髪と左眼を覆う眼帯が眼を引く。前髪は切り揃えられ、後は腰に届く程長い。両耳はこれでもかという程ピアスが刺さり、首には黒い首輪をしていた。そこから伸びる鎖は隣のインの手にある。
「……ツウ。えっと、インは僕の双子の弟で、ヤン兄さんは僕の兄です。パジーは友達」
隣のインがあれね、と指を指す。
インは兄の言葉の後直ぐに続けた。
「俺はイン。ツウは俺のだから触れないよーに。他はツウと一緒」
威嚇するように笑む。ツウと並ぶと鏡のように同じ顔をしている。赤い瞳に右眼を覆う眼帯、ピアス。露出度の高く飾り気の多い服はツウとお揃いだ。全く違う印象を受けるのは、その表情と白髪のせいだ。ショートヘアに見えるが、後の下の方はツウと同じくらい長い。
マーズは自分よりずっと若い少年のテンションに若干引きつつ、軽く溜息を吐く。よれた服のせいか疲れた印象が全体から漂っていた。きっと、焦茶の癖のある髪型のせいもあるだろう。濃い青の瞳にもやる気が無い。
「マーズ。そこのアースと同居してる。顔見知りはディーイーだ」
指されてアースはマーズに手を振り、ディーイーは軽く会釈をした。マーズは面倒そうに左隣のトーキに次だと声を掛けた。
トーキは一瞬反対側に座るシロに眼を向ける。トーキは打って変わって派手な印象が強い。ブラッドオレンジ色の髪のせいだろう。襟足だけ長い髪型が似合っていた。黄緑や深緑の混じった瞳は感情豊かだ。ただ、似合っているが着物とは何処かちぐはぐな印象を受ける。
「えーっと、トーキ。知ってんのはシロだけ。俺のシキって、通じる?」
首を傾げるトーキにシロが首を振る。仕方無いな、と体勢を変える時袖に入れていた手が出て右腕に赤褐色寄りの橙の刺青と、左薬指のリングがちらりと見えた。
「俺のペットって言ったら怒るだろ?」
何ならお前が説明しろ、とシロに振る。
シロはトーキとは別の意味で派手だ。後は短いボブだが、両脇は膝迄届くのではと思う程伸ばされたなめらかな色合いの白髪に、赤と橙の瞳のコントラストが激しい。白っぽい和服を着ているが髪飾り等は赤で差し色にしている。放りだしたトーキに小さく、しかし聞こえるように溜息を吐いた。
「私は本来なら彼の身体の内に飼われている、と言えば良いでしょう。私の事はシロと呼んで下さい」
宜しくと挨拶しなかったのはわざとだ。次のチェシャに視線を送る。
チェシャはカットのように猫耳と尾を生やしていた。しかしカットは白っぽいがチェシャは濃く、よく動く。赤紫の髪に紫の瞳、同色系のだぼっとした服は動きにくそうだ。にたりとチェシャ猫らしい笑みを浮かべた。
「呼び名はいっぱいあるけどォ、チェシャって呼んでイイぜ。知り合いはー、金髪になってるバカなマーチと、兎って、えーっと、ラビって呼ぶんだっけ」
チェシャが眼を向けるとラビは眉を寄せる。
「仲は良くないかなー。大怪我するようなケンカしょっちゅーだしィ」
調子良い間延びした口調は彼の特徴だ。それくらい、と言うとにたりと笑う。惑わそうとするのは性だ。
アースは少し何を言おうか考えた。黒髪に黒眼のアースは整った容姿をしているが極々平凡な印象だ。
「オレはアース。えーっと、マーズはボクの保護者?飼い主?なんつーの?」
首を捻るアースにマーズが同居人、と応えた。喋ると外観より幼い印象を受ける。
「あと、アイスのおにーさんは顔知ってる!えっと、ディーイーね!」
手を振るアースにディーイーは小さく微笑んだ。
次はヤンだ。やや長い茶髪が軟派な印象を醸す。垂れ目という程ではないが、やや下がった目尻のせいで金の入った茶色の瞳は柔らかく見えた。
「オレはヤン。双子が言ってたが、ツウとインの兄だ。ガキの頃から知ってるなって未だガキか」
一人楽しげに笑う。ツウとインが少しむくれた。
「あとはパジーだな。うーん、愛人?」
首を捻るとパジーも小さく首を傾け、応える。
「セフレ」
「えー、パジーはオレの事そんだけしか想ってないの」
言いながらもヤンは楽しそうだ。ヤンはパジーに絡んだが、パジーは慣れた様子で適当にあしらっていた。
パジーは緩いウェーブのある脱色したボブだ。薄い紅茶色の瞳と不健康そうな白い肌のせいで色が薄い。しかし、右の瞼を縫い閉じているし、左耳は双子のようにピアスが沢山で、大きく開いたシャツの口から、胸元には重そうな薔薇のネックレス、右胸から中央に掛けては薔薇の刺青が覗いているのだから、存在感が強い。
「パジー。知り合いはツウ、イン、ヤン。関係は彼等が言った」
もう少し喋れば、とヤンが絡むが無視してラビに声を掛ける。
ラビはこの中で一番背が低く、他と同じ大きさの椅子は若干不釣り合いだ。ショートの白髪に長い兎耳、赤い吊目は気が強そうな印象を受ける。背が低い事を気にしているのか、ブーツの底が厚かった。
「白い時計兎。……ラビで良い。知り合いはバカ猫チェシャと、うざい三月兎のマーチ」
チェシャが仲は良くないと言ったのは真実らしい。名を発するのも心底嫌そうだ。
ディーイーは顔に掛かった黒髪を耳に掛けながら、薄い笑みのまま軽い会釈をする。アースと兄弟なのではと思う程に外見が似ているが、瞳の色は茶色で異なる。よくよく見れば、血の繋がりは感じられない。
「ディーイー。アースとマーズとは顔見知りだが、よくは知らない」
正しくは今のアースはよく知らないだけで、過去は知っているだが、とディーイーとマーズは思うが口には出さなかった。当のアースですら知らない事だ、必要無い。ディーイーは隣に座るヴァンに軽く視線を投げた。
ヴァンは立ち襟の膝よりやや上のコートを着たままで、口元が隠れてしまっていた。セミロングの艷やかな黒髪のせいで真黒に見えるが、銀灰の瞳が黒猫を思わせた。
「僕はヴァンピル・ムロニ。ビクター・シェリーもカット・チェーシャーも名前は知ってるけど、顔は知らなかった。Dr.は顔見知りみたいに言ってたけど、覚えてないや」
どうでも良い事らしく、軽く言ってちらりと隣のハーレに眼を向けた。ハーレはにこりと笑みを返す。
「ハーレは僕の大切な人。僕の名前、呼び難いだろうからヴァンで良いよ、仕方無いもの」
本当はヴァンと呼ばれたくないらしい。ハーレはよく出来ました、と優しく頭を撫でた。
最後はハーレだ。真直ぐの短髪に下の方は伸ばして癖毛らしいウェーブを放置している。茶髪のせいか軽薄そうな印象があった。マーチよりは長く、ラビよりは短い兎耳が頭に生えていた。外見には気を遣うらしくお洒落な装いだ。茶に緑が入った瞳を細めてにこりと笑う。
「オレはハーレ・マルチェ。ヴァンは俺の生涯の恋人、彼氏、大切な人。カットは親友で、Dr.シェリーとは何回か一緒に酒飲んだ仲ってとこ」
人好きしそうな笑みだった。
全員の自己紹介を終えると、マーズが口を開く。
「ところで、本当にマーチとお前等は関係無いのか?」
マーチは二階へ上がる時に[ゲーム]においては関係が無いと言ったが、チェシャもラビも言及しなかった。チェシャはにたりと笑って尾を揺らす。
「言っても信じられんの、おっさん」
楽しそうなチェシャの瞳をマーズは静かに見返した。
「って意地悪してもオレに利益は無いからしないケド」
「ボクは気付いたら村の入口に居た。村人に場所を訪ねようと思って、この宿屋に来た」
最後に着いたラビはお前等はどうなんだ、と視線を送る。皆、似たりよったりだ。途中で既に着ていた者と会い、詳細は知らないと自称案内人の居る宿屋に行くように勧められたか否か程度の差しかない。
「それからサ、今日着たヤツは知らないだろォから助言してやンよ」
カットの尾はあまり動かないが、チェシャの尾や耳はよく動く。人の気を引くように、大袈裟に。
「オレ等村から出れないゼ」
その言葉にマーズ、ディーイー、カット、ビクター、トーキ、シロの六人が同意する。
「一人で見て回ったから正確じゃないが、この村には俺等しか居ないようだ」
マーズの言葉にディーイーが頷いた。
「建物はこの宿屋を含めて十六、全て人が住んでいる気配は無かった」
ディーイーの言葉にハーレが首を捻る。
「全部って、この宿はどうなんだよ」
「物はあるが、生活感は無い。大抵の求める物はそれらしい場所を探せば出現する。酒やグラスはカウンター、食材や調理器具がキッチン。棚や引き出しに入る大きさの物なら見付かる」
人が生活する為に必要な物はあるのに、生活感が無い理由を出来なかった。ビクターは理解したようでディーイーの言葉を補助する。
「見える点で指摘するなら、人間が生活する限り他の生物が何処かしら存在するが、この村にはそれが無い」
「まあ、違和感があるのは確かだな」
マーズが言うとハーレも同意した。それでも理解しきれない面々も居るようだったが、この話題は終わる。
足音で全員の眼が階段に向けられる。酒瓶片手に階段に現れたマーチは全員の視線に苦笑した。
「観察眼が優れてるヤツが多いようで何より。さて、時間は?」
ハーレの視線と共に全員が時計を見上げる。時刻は十二時になろうとしていた。
「[夜明け]が来るゼ?」
マーチは酒瓶を呷り、意地悪くにへらと笑った。
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