ALiCe
本編 ※旧版掲載改稿中
ALiCe (3)
私はアリス。
今、私は……
ALiCe (3)
またもや森の中を彷徨っています。困った時は何時でもと言った気紛れネコはやっぱり頼りになりません。
お腹が空いて仕方が無かったのですが、今度の森は林檎とか沢山在ったから大丈夫でした。この間はこっそりテーブルの上のクッキーを食べてしまいましたもの。
それにしても本当に、この世界は変なものばかりです。また、大きくなって小さくなって、何とか今は元のサイズだと思いますけれど、周りを含めて可笑しな大きさだったらどうしようかしら。ああ、それから変な芋虫にも会いましたし、変な蝶や花々にも会いました。皆、私が道を訪ねても可笑しな返答ばかり返ってきて、答えてくれませんでした。
そこで私の憤りはどうしてもネコへと向くのです。本当、馬鹿ネコ、と叫びたい。
† + † † + † † + †
高らかに宣言する自分の声が遠い。
「よってクローバーの三を最高刑に処す」
もう、反論を言う奴すら居なくなった。
最近のハートの女王サマは僕をよく、玉座の間へと呼び付ける。
「カード達じゃあ不安だからお前行っておいで」
「……はい、解りました」
ボクは一番にはならない。面倒だし、責任を負うつもりなんてないから。
「解ったのならさっさとお行き」
「はい」
最後の一人は誰だろう。
血の匂いが重い。
「ちゃんと殺してきたかい?」
貴女にはこの匂いが解らないのでしょうか。
「はい、勿論」
「そうかい。ああ、ああ、お前が言うのだから証拠など要らないよ」
「はい、解りました。本日はこれで下がらせて頂きます」
血の匂いは嫌い。
「ああ、さっさとお行き」
けれど、詰まらないのはもっと嫌いだ、耐えられない。王なのだから、変化を与えて欲しい。
ボクに一切の信用を置くなんて愚かだ。ボクを惑わせる猫の声が大きくなる。
アリス、と云う言葉が大きくなる。
何とか部屋迄辿り着いて、溜息と共に入って、扉の鍵を締めた時だった。どうやっても落ちない臭気を消すのを諦めて、さっさと眠ってしまおうとおもっていたのに、突然、後ろから羽交い絞めにされた。
「っつ!?」
疲れていたとは云え、不覚だった。真暗な自分の部屋がこれ程怖く感じた事は無い。身体は完璧に捕らえられていて、どんな力を篭めてもぴくりとすら動かない。
向こうもそれでか、ボクの足を払い床に倒し、首の後ろから腕で押さえ付ける。
酸欠と血の巡りの悪さで視界に色取り取りの蝶が乱舞する。肺が軋み、身体が弛緩してゆき意識が遠退いていく。そのせいでボクの上に乗っている奴がボクの名前を呼んでいるのに、なかなか気付かなかった。
「兎」
「……離……せ」
あの狂った猫だ。頭の上でくすくすと笑っている。
「苦しいかァ?」
ぱっと腕を離され、突然空気が肺一杯になって逆に苦しくなる。思わず咳き込み、押さえ付けられている重さが鬱陶しかった。何だってこんな面倒な事をするんだ。
「何しに……っ」
回復し切っていないボクの身体は、それ以上言葉を紡ぐ事を拒否した。
「別にw意味なんて必要無いだろォ。強いて云うなら、お前を虐めたかったから?」
最悪だ。詰まらないのも、虐げられるのも嫌いだ。何より、この猫が嫌いだ。ああ、あの笑みが癇に障る。
「ぎゃは。お前、今最悪とか考えてたろォ?」
そう、この猫が嫌いだ。
「ま、悪戯はこの辺に。忙しいからな、オレは」
猫はボクの上から退いて、そう言った。
「なら来るな」
「何時迄殺すんだァ?」
時折、その問いをボクにぶつける。ボクの答えは何時も同じ。
「何時迄でも」
そう、何時迄でも。仕様が無いんだ、ボクは此処に居るんだから。
「今日のお前、血の匂いがぷんぷんする。そっか、三つ葉の三の裁判は今日だったか」
何でも知っている、猫は。知り過ぎている猫が嫌い。
「また来るよ」
「来なくて良い。寧ろ来るな」
ボクが立ち上がって首の後ろを摩って言うと、猫は嬉しそうに笑む。
「来るよv今度はきっとアリスを連れて」
にやりと笑んだまま、猫は暗い部屋の中から居なくなった。猫が居なくなって薄らいだ様な気のする闇の中、ボクは立ち尽くす。
……アリスを、連れて。
その言葉はボクを大きく揺らし、裏切りの誘惑をちらつかせた。
† + † † + † † + †
流石に歩き疲れて、道端の大きな石の上に座っていた時でした。
「アーリスっw」
「きゃっ。」
突然、あのネコの顔が視界一杯になったのです。
よくよく見たら、上の木からぶら下がっているだけだったのですが。しかもさり気無く呼び捨てでした。初回はちゃん付けだったのですが。どちらにせよ癇に障ります。
「城へ行こう」
えっと、お城って云うと女王サマとかが居る、あのお城。
「きっと兎も居るよ」
「何で知ってるの?」
「猫は何でも知ってンのさ。道ならぬ道さえ行き、闇に潜み、人の心を渡るから。さァ、行こう」
……でも、
「お城へ行ったら、殺されるんじゃないの?」
全く、行こうではなくて、逝こうの間違いではないのかしら。
「全てはアリスで変わるのさァ」
と、唄う様に言ったかと思うと、叫ぶ暇さえ与えずに、私の腕を掴んで森の中へと跳び込みました。
流れる暗い森を見る余裕も無く、私の意識はどんどん暗くなっていきました。
気付いたら、私は女王らしき人の前に立っていました。前と云っても、私はずっと下に居るのですが。少し左へと眼を向けると、あの兎が居ます。
「ネコ、何処へ行ったのっ」
あのネコは私を此処へ放り出して何処かへ行ってしまったのでしょう、何処にも見当たりません。
そんな事よりも、今重要な問題なのは、私の立っている場所です。
「被告人アリス、何か弁明はあるか」
兎の少年が私を見下ろし言いました。全く、年上に対する言葉を学ばなかったのでしょうか。
そう、私が立っているのは、裁判所で裁かれる人が立つ、あの場所なのです。私、適応力は有る方だと思うのですが、流石に之はちょっと。
「被告人アリス」
「五月蝿いわね。こっちは状況を呑込むので必死なのよ。そこのチビ兎?少し黙っていなさい。それとも女王サマに、黙らせてもらう?」
思わず素が出てしまいます。いえ、素はもっと大人しいか弱い娘です。
何処からか聞こえ出したネコの笑い声も五月蝿いし。ああ、もう、全く、何故皆で私を苛立たせるのかしら。
「――っ!この者を処刑せよ!」
何を今更、最初からそのつもりでしょ?
やっぱりあれが例のハートの女王サマなのでしょう。だって服、ハートだらけだし。
「だから、五月蝿いって言ってるでしょう?何で私があんたなんかに殺されなきゃいけないのよ」
時計兎の顔が苦くなり、ネコの笑いは高くなります。
「罪状は何?侮辱罪?詰まらないわね。まあ、そんな詰まらない事で殺されなきゃならないならもっと侮辱してあげるわ。殺すならそれからにしてよ」
ネコが矛盾してると何処からか横槍を入れますが、勿論無視します。
「ハートの女王サマって云うからにはもっと若くて美人だと思っていたけれど、もうばあさんじゃない。もう自分で歩く事すら出来ないんじゃないの?」
豪奢な服に包まれた女王はわなわなと震えています。
「そんな枯枝の様な腕で私を殺せるの?そこら辺に居るカードの兵隊達なんて使えないんでしょう?」
カード達は数もちらほら欠けているし、覇気もやる気も何もかも有りません。まるで、心が死んでいる様。
「その隣の兎にでも殺させる?そんな小さな子に?」
まあ、背は私の方が大きいけれど実際、歳はそれ程違わないでしょう。ああ、ネコが五月蝿い。
「もうっ、外野は黙って聞いてなさいよ。どうせその兎も女王サマの言いなりなんでしょう?少しは自分の意志ってものを持ってみたらどうよ。ああ、本当、この世界の皆がこんなばあさんの我侭に振り回されているなんて、馬鹿馬鹿しいわ。呆れちゃう。ああ、もうっ、だからネコ!何処に居るのか知らないし、何が可笑しいのか知らないけれど、笑うなら邪魔なんかしないでもっと静かに笑ってなさい!」
「オレは此処に居るぜェ?」
声がして、慌てて振り返ると後ろにネコが涙眼で笑いを噛み締めながら、お腹を抱えて座っていました。本当、何がそんなに可笑しいのやら。
「黙っていなさいよ」
「嫌だね。オレは面白可笑しいから笑うのさ」
まあ、元々このネコに何を願おうとも意味が無いのは解っています。
「ええっと、何だったっけ。アンタのせいで忘れちゃったじゃない」
「兎、兎。時計を持った白い兎さ」
けたけたと笑いながらネコは指差します。
「そうよ、兎だわ。あんた、言いたい事が有るなら言いなさいよ!言葉にしなければ何にもならないわ」
「ボクは……」
「お黙り!」
ぴしゃりと女王が言いました。
「アンタこそ黙ってなさいよ。アンタの言う事ぐらい想像がつくの。だから何も言わなくて良いわ」
「トランプ兵!」
「そうね、言葉で駄目なら直ぐに力に頼る。それも自分じゃ何も出来ないからそうやって直ぐに他人に頼るんだわ」
怒り狂った女王の顔はぞくぞくきちゃう程最高なのですが、流石にこの数を敵に回してしまっては無理が在ります。
あっと言う間にぐるりとカード達に囲まれてしまいました。何だかハートが多いような気が。スペードが少なく見えるのは気のせいかしら。
「んー…此処迄かなァ、今日は」
存在すら忘れていたネコが伸びをして立ち上がり、女王へとにっこり笑みを送ります。ああ、あの狂いネコがにっこりと。逆に気味が悪いのです。
「また来るよ、女王サマv」
「え?」
やっぱり、気付いたら足が地面から離れていて、空を飛んでいました。正しくは、片手をネコに掴まれ高く跳び、深い森へと落下中。
「もう、何なのよ!」
そう叫んで、またもや私の意識は消えてゆきました。
† + † † + † † + †
アリスは猫と、姿を晦ましてしまった。
「ハートの女王サマ、如何なさいますか」
何時もの様に顔を見る事が出来ない。少し、頭を上に向けるだけなのに。
「トランプ兵に追わせなさい。お前はそれからだよ。勿論、アリスとチェシャ猫は最高刑だ」
一度も顔を上げないまま、下がった。
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