TheRose

ツウイン編/雰囲気モノ/R18

重依存 02

また、鏡を割って、幼い頃の事を思い出した
兄さんを愛して、愛して、愛して、愛して
唯兄さんしか愛せなくて
全ての愛が兄さんにしか向かなくて
自分を抑えきれずに罪を犯した事を
あの時ならば未だ、兄弟愛の刑罰は猶予付きだっただろう
もう、手遅れ
即極刑
自嘲と共に記憶の波に溺れた

あんなに幼くても流石に兄弟愛が罪だと云う事ぐらいは解っていた
でも、我慢しきれずに、ある日、二人で昼寝をしていた時、俺は最大の罪を犯した
あの時、俺が我慢していれば、兄弟愛に堕ちる事も、兄さんがあんな事をする事も無かったかもしれない
珍しく、俺の方が先に起きたから、同じ顔だけれど全然違う兄さんの顔を眺めていた
白くて、さらさらしてそうな、産毛がきらきらと光る肌
優しげな眉に長い睫
少し上気した頬に、不思議な蒼色の髪が少し掛かっていて、呼吸する度に微かに揺れる
林檎の様に赤く、潤っていて柔らかそうな唇
何か夢を視ているのか、時々身動ぎをして小さく細い声を上げる
あの時の俺の世界の全てだった
今でも俺の世界はツウしか居ない
そして、何を思ったのか俺はツウにキスをした
大好きだから、いいよね、ぐらいの気持ちだったかもしれない
兄姉達が、客と接吻を交わしていたのを何度も見ていたし、何も考えていなかったかもしれない
でも、そのたった一回の事で、俺は止まらなくなった
その時は軽く唇が触れ合う程度のキスだった

次の日の昼寝から、俺の方が早く起きようと、変に意気込んで
俺の方が早く起きるとツウに接吻をした
何時か兄さんに気付かれるんじゃないかとそれだけを気にしていた

そんな日が何度も過ぎ去ったある日の事だった
兄さんとかくれんぼをしていて、兄さんが鬼なのにずっと探しに来なくて、兎に角俺は不安だった
でも、かくれんぼをしていたから直ぐには出れなくて、暫くして、昼寝の時の事を思い出して怖くなって、兄さんを探し回った
かくれんぼの決め事として、参加者の部屋は無しだったから、兄さんが部屋に居るなんて思わなかった
未だ、かくれんぼの尾を引き摺っていた
館中探し回って、バレたんじゃないか以外にも色々不安になってきて、兄さんが消えちゃったなんて妄想に取り憑かれて、半泣きになりながら館の中を彷徨った
気付いたらウィザー兄が俺の前に居て、どうしたの、って聞くから、ツウが居なくなっちゃったっ、てしがみ付いた
それでも、ウィザー兄は優しく笑って、じゃあ、占ってあげるよ、ツウの居場所でしょう?、と机と椅子の在る近くのロータリーへ俺を連れて行くと、ポケットの中から幾つものきらきらと光る石やビーズを取り出して、机へ優しく放った
俺の正面に座ったウィザー兄はじっとその石達を見詰めていたかと思うと、途端に顔を険しくして、俺に探してない場所は、と聞いた
俺はなかなか、俺等の部屋を思いつかず、探してない場所なんて無いと思い込んでいた
ウィザー兄の上手な誘導で、かくれんぼをしていたんだから、俺等の部屋は探してないだろうと見当を付けて、俺の手を引いた
もう、俺は泣きたくって、既に半泣きではあったけど、大声で泣きじゃくりたくて、でも、ウィザー兄の手前泣けなくて
ウィザー兄が兄さんの部屋の前で、此処で待っていなさい、と言った時にはもうだめだと思った
少しだけして、ウィザー兄が出てきて、他の兄さんや姉さんを呼んできなさいって言った時には無理だった

兄さんはっ
良いから、誰か呼んできなさい
ねぇ、兄さんはいないのっ

ウィザー兄は何としても兄さんの部屋へ入れてはくれなかった
今考えれば当たり前なんだけど
それをやっと解って、全速力で一番近いラン姐の所へ走って行って、急いで言うのに渋りながら、俺が引っ張って走っていった
兄さんの部屋迄戻ったら、鍵が閉まっていて、入れなくて、半狂乱になりながら、ウィザー兄の部屋へ行った
部屋の扉を勢い良く開けると、ウィザー兄が出てきて、ラン姐と話が有るから、と俺を除者にした
本当、俺は完璧に自制が効かなくなっていて、ウィザー兄に掴みかかろうとしたら、ラン姐に廊下に投げ出されて、眼の前で冷たく扉は閉まった
余りの酷い投げ方で、痛さとその事実に打ちのめされて、呆けたように、投げ出された体勢のままで扉を見詰めていた
きっと、ほんの二、三分の事だったんだろうけど、俺には一生の様な時間だった

兄さんになにかあったんだ
おれのせいだ

眼の前が真暗になっていく様だった
今でもあの時間が一番嫌いだと云えるし、あんな事は起こさないと誓う

堅く閉ざされていた塀の様な扉が開いて、ウィザー兄が手を振って俺を呼び寄せて、俺が飛んで行くと、ウィザー兄は俺と眼線を合わせて言った

良い?  あんまり深刻にならなくても良いんだけれど、よく、聞いてね?

ウィザー兄は俺の肩に手を置いて、ゆっくりと言葉を紡いだ

ツウね、ちょっと酷い怪我をしちゃったんだ
……うん

ウィザー兄は俺の返事を毎回待った
俺は、俺へ下る筈の罰が、間違って兄さんへいってしまったんだ、と信じた

それで、血が足りなくなっちゃって、今は寝てるんだけどね
……うん
イン、ツウは大丈夫だから、ね?
……うん
ちゃんと涙拭いて?
……うん
そうそう  ……それで、話はこっからなんだけどね、ツウの怪我ね
……うん
自分でやっちゃったみたいなんだよ  首と、手首に切傷が在る

俺は固まった
その時の俺に、兄さんがそんな事をする理由なんて、俺が兄さんの事を愛している事以外に思い付かなかったから

イン?
おれのせいだ
そうじゃないよ、イン  ツウのした事はツウの責任で在るべきなんだ
ちがう、おれの……
イン、ちゃんと聞いて?
おれのせいだ……
イン、どんな事でも、本人のした事は本人の責任なんだから、ツウが自分でやったんだから、インのせいじゃない  解る?
…………

ウィザー兄が何と言おうと、例え誰がそう言ったとしても、俺のせいだと信じた
事実、そうだと思っている

まあ、良いや  それでね、イン  ツウが起きてもあんまり怒らないであげて?  ツウが何で自傷したかなんて解らないけど、それだけは約束して?
……うん

どうあっても俺のせいなのに、何で兄さんを怒るんだと思った

貧血で、倒れただけだから、そのうち眼が覚めると思うけど、本当に大丈夫だよ、ツウは

そう、にっこり微笑むウィザー兄を覚えてる
それだけじゃなくて、あの日の全てを覚えてる
俺が犯した最初の罪も

ツウの所、行く?

物凄く迷った
兄さんの顔が見たくて仕様が無かった
兄さんをこの手で触れる迄、抱きしめる迄、安心出来なかった
でも、兄さんに会う、その事が怖かった

未だ、眠っているけれど

そう、ウィザー兄が付け足して、俺は頷いた
眠っていたら、俺を言及したりしないだろう、そう思った

ウィザー兄の異様な造りの部屋々々を抜け、酷く白い、ベッドが一つ置いてあるだけの部屋迄、ウィザー兄に手を引かれながら歩いた
ラン姐は何時の間にか何処かへ行っていた
白い部屋の入口で、ウィザー兄は立ち止まって、行っておいで、と俺の背を優しく押した
この入口を出れば、直ぐに廊下に出れるから、と微笑むウィザー兄を振り返って、躊躇いつつもベッドへ近付いた
薄い毛布が一枚被せてある兄さんを見た途端、ほっとした
空っぽだった世界が埋まる温かさ
はっとして入口を見ると、ウィザー兄は居なかった
その代わり、ベッドの頭の方の横に小さな、それでいて、足の長めな椅子が現れていた
そこによじ登って、兄さんが起きるのを待った
兄さんに何か言われるんじゃないかと怖かったけれど、兄さんがこのまま起きない方が怖かった
ベッドは丁度、兄さんにぴったしな大きさで、そこに収まっている兄さんは、青白くゆっくりと規則正しく呼吸を繰り返すだけだった
何時もの昼寝の時の様な昂揚感とは全く逆で、気分は酷く落ち込んでいた
白磁の様な肌は、死人の様な青さで、眉は何処か苦しげに寄せられていて、瞼は堅く閉ざされ、何時もは桃の様な頬には生気が無く、不思議な蒼色の髪は一層、兄さんを青白く見せた
何より、あの唇が、真青で、怖かった
俺がキスを繰り返したせいで、罰が下ったんだと思った
身動ぎ一つせずに、規則正しく呼吸する姿を見ていると、本当に生きているのかさえ不安になった
そう考え出したら無性に怖くなって、涙が出てきて、ぐずり始めた頃、兄さんはゆっくりと瞼を上げた

兄さんっ

椅子からベッドへと飛び移って、兄さんに抱きついた
常に体温の低い兄さんが、更に冷たくて吃驚した

兄さんのバカっ  なんで……

涙をぼろぼろと零しながら、兄さんを叩き、縋って、バカと叫び続けた
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